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身潰し【みつぶし】

<三菱自不正>隠蔽体質再び露呈 日産の指摘で発覚:yahoo!ニュース
 三菱自動車が実際より燃費を良く見せる不正行為は自社にとどまらず、供給先の日産自動車ブランドを含む計62万5000台に及んだ。今後の調査で台数はさらに増える可能性もある。三菱自は2000年代前半の「リコール隠し」で経営危機に直面して以降、信頼回復に取り組んだ。しかし提携先の日産に指摘されるまで不正をただせず、かつての「隠蔽(いんぺい)体質」を払拭(ふっしょく)できていないことを露呈した。



やっちまったなぁ三菱。いや「身潰し」か(^^;)自動車メーカーとしての存続を認めていいものか正直疑問に感じる。昨年のフォルクスワーゲンの不正よりも単純ながら不誠実なその行状は「燃費詐欺」と呼ばれてもおかしくない。OEM供給していた日産が「気づかない」と思っていたなら日産も随分舐められたものだ。

1年以上不正を認めなかったフォルクスワーゲンの実態:毎日新聞・経済プレミア
 独フォルクスワーゲン(VW)がディーゼル車の排ガス規制を不正に逃れていた問題は、米環境保護局(EPA)が9月18日に発表したことで、突然明らかになった。フォルクスワーゲンはすぐ「問題を真摯(しんし)に受け止め、調査に協力している」との声明を発表した。22日には関係する車両が世界で約1100万台にのぼることを明らかにし、翌23日には会長兼最高経営責任者(CEO)が辞任した。

日本でのフォルクスワーゲンの販売台数の影響がどれほどなのか数字を把握してはいないが、某ディーラーに(アルバイト)勤務している私でもお客様から「おたくのところは大丈夫なのか?」と言われるくらい「製品の信頼性」は企業の存続に直結する生命線であることは間違いない。
三菱はトラック事業から馬脚を現した「リコール隠し」が企業倫理を問われ経営不振に落ちいった。その傷も癒えないうちから再びの不正。フォルクスワーゲンの悪質さは無いかもしれないが、不正を行った当事者たちはダジャレですまない(洒落にならない)ほどの危機であることをわかっていたのだろうか。

技術部門が暴走した不正というならワーゲンと体質は変わらない。元々「自動車メーカーとしての強力な<売り(バリュー)>や<ベストセラー車種>」が他社に比べて少なかった三菱自動車だけに、最近力を入れ起死回生を計った環境対策車の「電気自動車」まで疑念を持たれることになれば致命的だ。

明治維新以降勃興した財閥として、重工業を支え、軍需防衛産業も支えていた(日本における軍産複合体企業の代名詞)三菱が働いた不正は正直ショックである。その隠蔽体質がグループ企業に転移していたら・・・

「車屋」がヘボいことをしでかした・・・で済まないわけで、自衛隊に納入されている装備が「嘘八百データ」による性能であったらと思うと空恐ろしい。

身潰しどころではない国潰しにならないことだけ祈っておこう・・・。

自衛隊の車両とか戦車は三菱重工製が多いようですが、あんなリコールばかり出してユーザーの信頼を貶める不良企業に国防を任せておいて本当に大丈夫ですか?トヨタにやらせたほうがいいんじゃないですか?:Yahoo!知恵袋
100両単位しか作らない戦車は営業モデルとして新規参入が難しく、他のメーカーもやりたがらんのです。三菱は戦前から続く軍需のパイプと蓄積技術があるからやっていけるのであって、それも基幹事業とはとても言えない会社の片隅で趣味レベルの人間がやってる仕事です。黒字なのかどうかも正直怪しいくらいです。

10式戦車親方日の丸の独占企業だし、利権バリバリの胡散臭い業界ではあるけれど、三菱重工の防衛産業部門がミリタリーオタクのセクションであるならある意味安心か?オタクって結構粘着して「完璧」目指しちゃうからねぇ(爆)
<画像元:三菱重工>


JUGEMテーマ:社会の出来事
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ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ【みねるう゛ぁのふくろうはたそがれにとびたつ】

八月に入って終戦特番が増えてきた。戦争の悲惨さを伝える物が多く、近代史をこの処追求してきた私にとっては戦没者には申し訳ないが「退屈」でしかない。

戦争がとんでもないシロモノであることは、実体験ではないにせよ少なくとも認識しているつもりである。しかし「そういう時代だった」「軍国主義に洗脳された」というその時代の先達たちの子孫として、当事者意識の希薄な稚拙な分析では「自分たちは関係ない」「だから戦争反対を表明してればいいんだろ」という思考停止が進行することはあっても、自分たちも容易にその蒙昧さによって戦争に加担してしまう、あるいは戦争被害者を量産してしまうリスクの自覚には至らない。

今の時代から過去を思い、あれこれと論じることは我々が時間的な高みに登っているだけで、認識力・判断力あるいは正義観・倫理観の優位性を証明しない。もし現代の日本においてエネルギーや食料の供給が著しく阻害され、国民人口を支えることができないほどに困窮した場合、時間をさかのぼって野蛮かつ直接的な生活資源の争奪戦に突入することは誰も否定出来ないだろう。中東で起こっているIS(イスラム国)のような状況などは典型的な国家崩壊のカタチである。

ミネルヴァ「ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ」とは哲学における弁証法の例えの一つで、現実の考察はリアルタイムでは行えず決まって全て終わってから総括して初めて存在できる・・・というようなものだ。暗中模索でより良い状況を探りながら「真っ直ぐ歩くつもりで」進んでいても、後から見れば「随分と曲がって歩いていた」と分かるのと同じだ。
もちろん、「これ、真っすぐ歩いてるつもりだけど曲がってね?」と疑問を持つことはあっても、大多数が「いや、真っ直ぐでしょ」と言えば少数派は黙殺される。

<画像元:美雨の部屋へようこそ>

弁証法:wiki
「人間の主観(意識・理性)によって掴まれないものは認めない」という姿勢は、ヘーゲルの『法の哲学』の序文における、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」の一文に象徴的に表現されている。
ミネルヴァの梟(ふくろう)」の例えで有名な、この序文でも端的に述べられているように、ヘーゲルに言わせれば、哲学は、常に現実を後追いしているに過ぎない。現実の歴史がその形成過程を終えてから、ようやくそれを反映するように観念的な知的王国としての哲学が築かれる(「ミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つ」)のであって、「哲学の到来はいつも遅すぎる」し、決して「あるべき世界」を教えてくれるようなものでもない。哲学は現実を越えた「彼岸的なもの」を打ち立てることができないし、そんなものは「一面的で空虚な思惟の誤謬の中」にしかない。

先の戦争においては政治家や軍部の失策・失敗は明らかだが、その当時のマスコミの亡国的商業主義の蔓延が悪しき方向へ加速させたことは否定出来ない。

2014/11/15 【兵庫】「戦争を賛美し、他国を批判すると新聞が売れる」 〜メディアを考える市民のつどい 忍びよる戦争とマスコミを考える:IWJ Independent Web Journal
 「国際連盟は、満州事変のきっかけとなる柳条湖事件は謀略ではないかと疑問視、リットン調査団を派遣する。すると、1932年12月19日、日本電報通信社(電通)や新聞聯合社(共同、時事通信)などの大手マスコミは、『満州国を否定するなら、国連の声明を受け入れられない』と共同声明を出した。戦争の後押しをする以上に、国民を煽動したのだ」──。元東京大学新聞研究所教授の桂敬一氏は、戦前のマスコミの権力への迎合姿勢を明かした。
(中略)
 元NHKカメラマンの小山帥人(おさひと)氏は、NHKの報道姿勢に疑問を持つ退職者有志1600人が、現在のNHK会長・籾井勝人氏解任の署名を集めていると語った。そして、1931年の満州事変勃発までは、戦争や軍拡に批判的だった朝日新聞も、当時の激しいバッシングと経営危機によって編集方針を変えたと言及。「この時に、戦争を報道し、よその国を批判すると新聞が売れるという前例ができた。それは今も残っている」。

戦前のマスコミの体制迎合的な日和見は少し近代史を見ればすぐに発掘できる。今はその真逆で、「日本の安全保障を蔑ろにしなければ日本はまた戦争をする国になる」と言った論調に塗りつぶされる。かつては過度の強硬論、今は過度な慎重論と、見事な裏返しである。
まるで日本が世界に対し政治的・軍事的に影響力を強めることに反対しているかのようでもある。これを支持するのは日本に領土的野心を隠さない中国や韓国、そして体制的に容認していない北朝鮮くらいで、それ以外の国などは経済的にもトップクラスの日本にこそ、アジア全域の安全保障に出来る限りの責任と行動を伴うことを期待している。
安倍政権が不甲斐なく、実質的な効果を期待して無理筋の理屈をゴリ押しして支持率を落としているが、与野党ともになんとレベルの低い情けない状況であるか。自分の無知は十分に認識しているつもりの私でも失望感は禁じ得ない。

とまぁ、苛立ってしまうたびに、いやいや私こそ勉強が足りていないだけで、今の混沌とした状況は次の時代を迎えるのに必要な試練の時なのかもしれない。むしろネットという大衆の発信ツールが今の時代にあればこそ、一方的な煽動や洗脳で一色に塗り潰す「絶望的状況」を回避していると信じたい。

ものごとに驚き、不審を抱くことが理解への第一歩である。それは知的な人間に特有なスポーツであり、贅沢である。だからこそ、知性人に共通な態度は、驚きに瞠った目で世界を観るところにある。だからこそ古代人は梟というつねに目を光らせている鳥をミネルヴァの付き物としたのである。
大衆の反逆 (ちくま学芸文庫)

弁証法のリンク先の単語にもリンクを付けたがミネルヴァとはローマ神話の女神で、知性・芸術など人類の「知」を司る神様であり、そのペットである梟は「知性による監視」「民衆の視点」を意味する。

大衆の反逆:wiki
『大衆の反逆』(たいしゅうのはんぎゃく、スペイン語:La rebelión de las masas、1929年)はホセ・オルテガ・イ・ガセットの著書である。
本書でオルテガは「大衆人」(mass-man)の起源をたどり、社会における大衆の権力と行動へと向けた勃興を記述する途中で、自分の気質を分析している。オルテガは大衆とそれを構成する大衆人の両方に対して本書を通してきわめて批判的で、「高貴な生と下等な生」を対比し、彼が大衆人の中に見出した野蛮性と原始性を非難している。
しかし、英語圏では通例そのように誤解されてきたが、彼は特定の社会階級、すなわち、一般に大衆として考えられる多数の労働者階級を指して批判しているのではない。むしろ、近代化に伴い新たにエリート層として台頭し始めた専門家層、とくに「科学者」に対し、「近代の原始人、近代の野蛮人」と激しい批判を加えている。
これは、彼がエリートと非エリートの区別を、その社会関係ではなく内面的、精神的な態度に求めていたことに関係がある。

一見すると大衆による衆愚政治への批判、ポピュリズムへの警鐘にも読めるが、そのポピュリズムが台頭するためには少なからず煽動者による「ある意図に基づいた思想の伝搬」を目的とした工作が行われる。ガセットが批判したかったのはその時代においてオピニオン・リーダーとなりうる指導者や政治家、あるいは運動家であろう。そして現代では間違いなくメディアも含まれる。

つまりそれらから出てくる各種の情報や扇動的メッセージは「まず疑って掛かる事こそ必要」なのである。この哲学書による警鐘は、恐ろしく単純に言うならば「表面的なメッセージに踊らされるな」ということでもあるのだ。

もちろんこの私の言葉も十分に疑っていただきたい。そのまま信用してはいけない(^^;)なんたってクソ知識なんだから(爆)自分で調べて納得してからあるいは批判する気満々で読み進めて欲しい。

今現在最も大きく工作されている思想とは「護憲運動」に他ならないではないか。しかもその根拠となっている「反戦」は非武装の丸腰を意味し、政府が追求するべく国民の安全保障からは遠ざかるばかりだ。

日本人は終戦という「敗戦の言い換え」を好んで使う。マスコミが言い出したのであれば、現実逃避であり加害意識から被害意識へのすり替えである。先日の池上彰特番では、日本が戦時中「核兵器開発」を行っていたレポートがされていた。レーダー技術も元はといえば日本がその性能を飛躍的に高める技術開発をしていながら軍部はその有用性に気が付かずアメリカに先んじて実用化されてしまった。同様に核開発でも日本はアメリカに比して貧弱な環境のもと実用化に至らなかった。

池上特番
<画像元:日本テレビ>

大東亜戦争が始まった当時ゼロ戦は世界無敵の戦闘機であり武蔵・大和は世界最大の戦艦であった。日本が軍事先進国でもあったわけだ。もし日本に科学的な洞察がもう少し深ければ、世界初の核爆弾使用は日本であった可能性もあるのである。

キノコ雲 長崎
<画像元:ウィキペディア・コモンズ>※長崎に投下された原爆のキノコ雲

広島平和記念資料館

長崎市 平和・原爆(総合ページ)

日本の原子爆弾開発:wiki
第二次世界大戦(太平洋戦争)中、軍部には二つの原子爆弾開発計画が存在していた。大日本帝国陸軍の「ニ号研究」(仁科の頭文字より)と大日本帝国海軍のF研究(核分裂を意味するFissionの頭文字より)である。

日本はただの被害者ではない。もちろんただただ加害者だったわけではない。なぜそういう道を歩いてしまったのかが、感情的でなく理性的に分析・総括できなければそれこそ危険だと思うのだ。

永山則夫の「無知の涙」を読んで:ごまめの歯ぎしり・まぐろのおなら
 永山則夫は、彼自身が無知であったことがこのような犯罪を犯した原因であるとは決して言わない。ただ、無知こそ自分をこのような境遇に陥れた世の中への対応を誤らせたと、強く反省している。貧乏こそすべての悪の温床であり、そして資本主義が続く限りこのような犯罪はけっして無くならないと喝破している。資本主義を倒す革命こそ、今必要であり、テロリズムも必要であると考えた。ただ、自分は無知だったために、テロの対象に罪もない人を殺してしまったことを悔いているのである。彼の本には、天皇制を倒さねばならないこと、それには武力も必要であることなども書き、東アジア反日武装戦線の天皇暗殺未遂事件とも、ほぼ同じ頃に同じ考えに至っているが、彼はその時すでに獄中で刑死する運命にあった。1997年、彼は多くの死刑囚の中から選ばれて絞首台に上ったが、それは彼の天皇制への言及が、法務官僚の死刑囚を選ぶメガネにかなったのかも知れない。

このブログ主は左巻きのようなのだが、永山が最後に左翼傾向にあったことで死刑時期が早まったと感じているようだ。私はむしろ永山が後数年読書を重ねて行ったなら、過激化する左翼の特徴でもある左翼幼児病を昂じるだけでなく、逆に左翼から離脱した可能性すらあると思う。

永山がその短期間に思想的にも知性的にも驚愕するほどの早さで成熟していったのであれば、やがて「左翼イデオロギーの限界」に気づいた可能性があると思うわけだ。

ところで、永山則夫が考えた社会の変革は、はたしてどのようになったのだろうか。永山死刑囚の資本主義は必ず社会主義に変革されるという信念は、残念ながら逆の方向に進んでいる。それは何故なのだろうか。社会主義がまちがっていたとは私には思えない。社会主義が官僚主義を克服できなかったことは、その通りであるが、資本主義が大手を振る世になるとは思いもしなかった。なぜだろうか。それは、永山則夫が指摘したような、貧乏大衆が無知から知識を付けた人民に変わることがなかったことによるのだろう。まさに無知の涙を、今も多くの貧困層に流させている。むしろ永山則夫のような読書によって勉強する人民は、いなくなってしまった。これは技術の進歩によるのか、それとも狡猾な新資本主義の策略なのか。無知こそ貧困人民が克服すべき課題であることは、永山則夫が指摘して以来、いまも厳然とした事実である。でも、無知な大衆が増え続けている現状。喜ぶのは搾取階級の人間だけだろうか。

 秋葉原事件など、理由の分からない若者の殺人事件が頻発するようになった。でも、この原因は、マスコミがあれこれと興味半分に言及しているが、原因ははっきりしている。永山則夫の犯罪が、今も続いているということなのだ。貧困こそ、理由の分からない犯罪の本当の理由なのだ。そして、貧困はますます増えてきている。それは、コイズミがアメリカの新資本主義路線に沿って日本を作り替えたことの必然的な結果として、起こっている。

永山則夫:wiki
永山 則夫(ながやま のりお、1949年6月27日 - 1997年8月1日)は、1968年から1969年にかけて連続ピストル射殺事件(警察庁広域重要指定108号事件)を引き起こした刑死者(元死刑囚)である。北海道網走市生まれ。明治大学付属中野高等学校定時制中退。
1969年の逮捕から1997年の死刑執行までの間、獄中で創作活動を続けた小説家でもあった。1983年、小説『木橋(きはし)』で第19回新日本文学賞を受賞。

新自由主義が格差を拡大し、完全に横並びの中流社会(ある意味完璧な社会主義的社会)だった日本をえげつない資本主義の現実に引き戻した点は確かに日本に再び「貧困層の拡大」をもたらしたとは言えるのだろう。しかし、残忍な殺人事件や鬼畜のような猟奇犯罪は高度経済成長期の時代にもあったのである。永山は死に至るまでによく学び一定の境地に至ったが、残念ながらその時点で死刑にならず恩赦でも受けられて出獄すれば「左翼革命」の名のもとに再び殺人を犯したかもしれない。

それはそれで十分に社会規範や倫理観の上で「無知」であった以前と変わらない。生半可に学んだがために全てを理解したつもりになって強硬な思想に傾倒する罠にはまったといえるかもしれない。

少なくとも「無知の知」を自分に課している私には、世に言う「左翼」「左派」の平和主義には「無知」や「誤解」がまだまだ多くはびこっているように見えて仕方がない。

理想は理想として、今現実的に可能な一歩から方向転換をしなければ、急激な方向転換による転倒もあるわけだ。かつて明治維新や終戦という急激な方向転換を成し得た日本だったが、転ばなかったとは言えいびつに歪んだ姿勢による後遺症は、確実にその後の日本に影を落としているではないか。

まぁ、こういう評価でさえ、黄昏に飛び立った梟と言えるのだろうが(^^;)

JUGEMテーマ:戦争・紛争
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砌【みぎり】

砌(みぎり)とは時折聞く言葉ではあるが、こういう字を書くとはつい最近まで知らなかった(^^;)何かの本で目にしたかもしれないが、調べるのが面倒な時は適当に「読み」を飛ばして読む場合もあり、その中の一つだったのだろう(^^;)

み‐ぎり【×砌】:goo辞書
《「水限(みぎり)」の意で、雨滴の落ちるきわ、また、そこを限るところからという》
1 時節。おり。ころ。「暑さの―御身お大事に」「幼少の―」
2 軒下や階下の石畳。
「―に苔(こけ)むしたり」〈宇治拾遺・一三〉
3 庭。
「―をめぐる山川も」〈太平記・三九〉
4 ものごとのとり行われるところ。場所。
「かの所は転妙法輪の跡、仏法長久の―なり」〈盛衰記・三九〉
5 水ぎわ。水たまり。池。
「―の中の円月を見て」〈性霊集・九〉

いわゆる「誰それのご幼少のみぎり」と使われるアレである。人に用いる場合は「身分の高い人」「相手を持ち上げる」時に限られ、自分自身のことを言う時は完全にギャグとして使う以外にない(^^;)
また、ある特定の時期や場所、水のほとりなど自然に関する言葉にも感じるし、そこには人の生活が密接のようでもある。なかなか風情のある言葉だ。

風情というか、自分自身の幼いころの一番最初の記憶もまた水際のものだった。

記憶の場所
福岡県中央区地行4丁目と唐人町2丁目の境界付近、こども病院前交差点の南側の小さな橋から見た川面である。私の母は、現こども病院の敷地にあった旧感染症医療施設(詳細な名前は両親の生前に聞いた記憶もあるが覚えていない)に勤務しており、肺結核で入院していた父と母がそこで出会い、結婚後もこの医療施設の近辺に居を構えてこの橋の上で、母が父の帰りを生まれたばかりの私を抱いて迎えに出ていたという。

現在は埋め立てが進み、かなりの内陸になっているが、昭和30年代当時は、この橋から先の病院は海辺の端に建っており、感染症患者の隔離病棟も併設されていた。したがって私の記憶にあるものは両岸の細い通路にひなびた木造旧家の並ぶ庶民の街。川面には港などへ荷物を運ぶはしけなど小型の舟も係留されていて、川の水路の向こうには広々とした海が視野に入っていた。

およそ25年後、仕事で博多を訪れた私は、記憶の場所が実在するのかを確かめに歩いたことがある。ヒントは海岸沿いの感染症専門の医療施設だったので、位置的には多分間違いないだろう。親の生きているうちにちゃんと聞いておけばよかったと思うものの今はこれが限界である。

それでもここに生を受けた場所があると思うと、何やら勝手に親しみがわく。最後にこの地を訪れてからでもすでに20年以上経過していて、ストリートビューの風景も全く見覚えがない。道も拡幅されていてその分川幅が狭くなっているようだし、軒並み新しい建物に置き換わってしまっている。私が検証した時にはかろうじて昭和30年台を彷彿させる「吉田鍼灸院」とかの古めかしい看板があったのだが、今は痕跡すらない。

それでも私にとってはここが「誕生の地」その頃の時間に引き戻すにはそれこそ「ご幼少の砌」の画像でも公開してみようか(爆)

幼少1
1歳1ヶ月。白黒写真ってのが時代を感じさせるねぇ(^^;)

幼少2
3歳。右は当時住んでいた家の家主だった隣家(金持ちのお屋敷)のお孫さん2歳。

幼少3
4歳、入園式の時のもの。

幼少4
5歳、隣の女の子は近所の幼馴染で年上、名前も覚えていない(^^;)

昔、職場でひょんなことから子供の頃の写真を見せるはめになり、そこの女子部にバカ受け(爆)していた。

「めっちゃ可愛いっ!これを見合い写真にしなさいよ!」

「じゃ何か?今は全く話しにならないとでも言うのか?」
「うん」

即答されてしまった(爆)

今見ると自分に子供ができていればこんな感じになるのだろうかと思うくらいだが、自分でも結構可愛い子供だったと思う(^^;)年上の大人はほとんど私に優しく笑いかけてくれたし、特におばちゃんには結構ちやほやされた記憶がある。

あぁ、思えばこの時こそ、私の人生最高のモテ期だったのだなぁ(爆)

今は見る影もないくらいなので現状の画像など望まないでほしい(^^;)詐欺だと怒られるだけだしね(汗)

JUGEMテーマ:日常。

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三度の署名【みたびのしょめい】

表題の通り、三度目の署名を行った。「アメリカのグレンデール市の慰安婦像撤去請願」の署名である。請願人はテキサス親父。当然のことながらテキサス親父には韓国人からの脅迫や嫌がらせなどが相次いでいるらしい。

「親日米国人」ホワイトハウスに請願署名 慰安婦像撤去要求に韓国人から「殺害予告」:J-CASTニュース
 11日に追加された請願は、以下のような内容となっている。
「カリフォルニア州グレンデールの市立公園に建てられた像を撤去してください。この慰安婦像は、平和への祈願を装っていますが、その銘文を読めばわかるように、その本質は日本国と日本人への憎悪を煽り立てるものです」
(中略)
韓国人とみられるネットユーザーから9日までに「殺害予告」も含む、実に3000通近い罵詈雑言が送り付けられたという。
その騒ぎも冷めやらぬ中での「請願」に、韓国の世論は再び激高している。最大手紙の朝鮮日報を始め、ニュース番組などでも、「慰安婦像侮辱の米ブロガー、またしても……」と相次いで報道された。ニュースサイトのコメント欄にも、
「家族全員ひっ捕まえて、女は売り飛ばし、男は北朝鮮の炭鉱で強制労働させるべき」
「こいつの肉を食ってやりたい」
と過激な意見が並ぶ。


罵倒の内容が如何にも韓国人らしい(^^;)「・・・女は売り飛ばし」って、それ親に売り飛ばされた自称慰安婦やん(爆)「・・・こいつの肉を食って」日本人なら「食べる」と言う発想は思いつかない(^^;)さすが悪食の国、「う○こ」や「犬」を食べる国だけのことはある(爆)

テキサス親父
※画像クリックでテキサス親父日本事務局へジャンプします。


署名の仕方も上記事務局で説明されているので、私からもぜひ協力をお願いしたい。「慰安婦問題」の事実関係がどうあれ、全く関係のないアメリカで設置されている「慰安婦像」に対する適正な評価は紛れもなく「撤去」であると考えるからだ。



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みんなまた【みんなまた】

中国の大気汚染が話題になることもようやく下火になりかけた春、水俣訴訟の一つが確定。1956年水俣病が公害病として認知されて半世紀、それを経てもなお解決できないでいるこの国が果たして中国よりマシと言えるのだろうか?

水俣病:認定訴訟判決受け、環境次官「基準見直さず」

水俣病
画像元:Les presento los fotos del enfermedad de MINAMATA 水俣病の写真の紹介。 part3

弱者の味方は強者が行わなければならない。加害者側こそが弱者救済の先頭に立たなければならないにも関わらず、殆どの企業は積極的な対応ができない。異物混入・毒物混入事故などの失策ではなく、環境への配慮があまりにも考慮されなかったことによる公害発生であるなら、何を持ってしてもまず病理の根絶、被害者の範囲を徹底調査、補償に対する柔軟な対応が求められる。
少なくとも水俣病に関しては初期段階での対応の遅さ、非認定被害者への補償額の低さ、現在に至る認定基準の厳しさでは加害者側の努力を疑うに十分である。

水俣病

特措法に基づく水俣病問題の解決にあたって:チッソ公式ページ

一部で偽患者が認定申請しているとの不正疑惑が出てくるのも、初期段階においてしっかりとした病理判断基準・有機水銀中毒の痕跡検査および被害地域の調査(類似の水銀中毒被害ケースを含む)が行われていれば、延々と続く訴訟合戦も早期に妥結収束したのではないか?・・・とは言え、この手の公害訴訟で加害者側が物分かりよく被害者の全面救済を行った試しはない。国などの官庁が絡んだ場合、安易に妥結して早々に「補償費用を損切り」出来ない事情があるのかもしれない。

水俣病の原因企業「チッソ」は、農業用の化学肥料のメーカーから発展した化学工業を主たる業務にした企業で、旭化成や積水化学、信越化学工業などの国内及び世界シェア上位を誇る化学企業群の母体ともなった。

言うなれば、戦前戦後を通じてチッソの肥料で育った農作物を日本人は食し、旭化成の製造する合成繊維による衣類を着用し、積水化学工業の製造するセロテープまたはポリバケツなどの塩化ビニル製日用品を利用し、積水ハウスは新建材や住宅を製造、信越化学工業は半導体ウエハ−(集積回路の基盤素材)およびチッソの事業を継承した現JNCの液晶ディスプレイ用液晶材料で世界シェアトップと、チッソグループなくして今の便利な生活は考えられないほどの基幹企業の一つでもあった。

つまり、水俣病被害者の犠牲の上に我々の今が存在することを忘れてはならないのである。


ちなみに水俣病問題の解決を遅らせた戦犯として名高い1964〜1971年当時の社長江頭豊は国際司法裁判所判事:小和田恆(おわだひさし)の義父、つまり雅子皇太子妃の祖父にあたる。日本興業銀行出身の江頭豊は財界でもエリートだったのだろうが、トップ企業の縁故関係、それにつながる人脈のエリート(選民)意識が垣間見えるようにも思えてくる。

第二水俣病

そして昭和電工によるもう一つの水俣病も存在した。この時の対応が正に水俣病救済を怠った国と企業の責任において「人災による被害拡大」が確認された稀有な例でもある。

ちなみに昭和電工とは、後の首相で若き日の福田赳夫が大蔵主計局長時代に収賄の容疑で逮捕された昭電疑獄を引き起こした企業でもある。また、創業者:森 矗昶(もり のぶてる)の女婿に後の首相三木武夫が居る。

第二水俣病における腰の引けた対応(^^;)責任回避の意識、証拠隠滅の悪質さ・・・。
これらが今なお是正されない現状が裁判の長期化となって現れている。

「日本のモノ作り」は世界に誇る技術力で称賛されることも多いが、そのモノ作りを支える素材レベルの製造企業群は功罪相半ばする企業が少なくない。

こんな黒歴史を持つ日本でも、中国人から見れば日本産の食品は「安全性の塊」とも思われて絶大な人気を誇っている。しかし日本でも意外な商品による健康被害が近年も起こっている。

茶のしずく「茶のしずく石鹸」による小麦アレルギーについて

2011年、発覚当初はわけが分からなかった「お茶の石鹸」と「小麦成分が引き起こすアレルギー」も、このページの解説によるとようやく理解できた。

なぜ悠香の茶のしずくだけ?加水分解コムギの謎

メーカーがその危険性をしっかり認識した上で、製品特徴を生み出すためわざと危険な製品を販売したのであればこれは傷害罪に匹敵する。


水俣病を引き起こしたチッソや昭和電工は化学肥料の製造から派生して有機溶剤・プラスチック・合成ゴム製造に必要な中間体としての工業用アセトアルデヒド製造を行った。この際の廃液を安全処理しないまま垂れ流したのが公害病の原因だったのだが、かなり早い時期から有機水銀が原因である可能性が言われていながらチッソはその廃液を処理し安全化することはなかった。

これが企業という社会共同体の宿命ならダジャレでなく「みんな、また」、新たな公害病に接することもあるだろう。そしてその被害者に自分がならない限り、営利目的企業の偽善性に憤りを覚えることもないのだろう。

水俣市立 水俣病資料館

資料館

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