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半分づつの正義【はんぶんづつのせいぎ】

終戦の日という言い換えを好む実質「敗戦記念日」の15日は、日本(の仏教の風習)において「お盆」であり先祖の御霊を自宅にお迎えし歓待する「お盆祭り」を行うのが古来よりの習わしである。

核家族化が進み、宗教的信仰心が希薄となっている現代では、地方の旧家や代々続いている家柄の本家筋でなければ、「お盆祭り」まで行う家は珍しくなっている。せいぜい仏壇(がある家の場合に限る)におはぎ系統のお供えをしてこの期間中(大体15日を挟んだ1週間)にお墓参りをする程度だろう。

親族で亡くなった人がいる場合以外は、この「お盆祭り期間中に行う法要」にさえ出ない人も多いだろうが、主催する役目を負った人間にとっては、この追悼と鎮魂の儀式だけに集中してあとは極めて穏やかな数日間を過ごすことになる。プールや海などの水遊びやレジャーは若い世代にお任せしてひたすら祭壇を守るのは年寄りの役割となるが、割りきってしまえばこれは案外体を休めるには絶好の時間でもあるので、日頃仕事で疲れを溜め込んでいる者には大変ありがたい風習でもある(^^;)

今年は去年亡くなった叔母の初盆にもあたり、先月の一周忌など、今後の法要自体は後を託された従姉妹にお任せするものの、我が家の祭壇にも初盆の塔婆を立てて慰霊を行うことにした。

祭壇

年々厳しくなっていく経済事情に合わせてお供えや祭壇の飾りもどんどんしょぼくはなっているものの(^^;)他の月以上に出費がかさむ今月は、社員時代ほどの経費を掛ける余裕はないのでご先祖様には我慢していただくしか無い。

7月頃から本格化する「夏」と言う季節的にも秋の彼岸までを考えると丁度半分位の時期にあたる15日を思う今日、今年は例年以上に「半分」と言うキーワードが心をよぎった。



・・・もう10年以上ネットに関わっている私だが、この世界の懐の深さに未だに驚かされることがある。と言うのも、今年の夏前に拾ったあるブログに衝撃を受け、色々読み漁っていたが、自分の考えが自分が思っていたほど中庸でもなく、極めて日本人的独善性から離れていないことを思い知らされ愕然とした。



笑う兵隊:ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日
ガメオベ
スティーブン・スピルバーグやトム・ハンクスたちが制作した太平洋戦争を舞台にしたセミ・ドキュメンタリ「The Pacific」を観ていると、終盤の沖縄戦で「オキナワ人」と沖縄県人を呼んで、日本人と区別して考えていたのがわかる。
他の本や記録も同様で、沖縄人と日本人をふたつの別別の民族だとして扱っている。


兵士達はブリィーフィングや情報将校が作製した資料によって両者を区別して考えるにいたったのかといえば、そうではなくて、洞窟からアメリカ軍側に走って逃げようとする沖縄人を後ろから機関銃で射殺し、あるいは胴体に爆薬を巻き付けさせて、避難民の群れに混ぜ、沖縄人たちもろともに米兵を爆殺する、あるいは夜闇に乗じて沖縄人の家庭を襲って、妻や娘を強姦し、食糧を強奪して一家皆殺しにして去る、日本軍の明らかに沖縄人に対する、外国人、しかも敵性の外国人としての扱いを観て、自然と「沖縄人と日本人は別」と印象したもののようです。

日本語の記録だけを読むと、まるで沖縄人と日本人が共に圧倒的な軍事力のアメリカ軍と非望の英雄的な戦いを戦ったように書いてあるが、英語側の記録には、沖縄に上陸した途端、老婆に抱きつかれて「助けてください。日本軍が、食糧をすべて持っていってしまった」と慟哭して訴えられる様子や、両親と兄を日本軍に殺されて泣き叫ぶ女の子の姿が頻繁に記されている。
(中略)
日本の「愛国者」が信じたくない事実を書いたときの反応の定番というか、
「他の国だってやってることじゃないか」「日本人は白人の人種差別に対してアジアを開放するために戦っただけだ」ほか6つくらいある常套の詭弁を別にして、
日本語で書かれた太平洋戦争についての記事は日本が加害者であったことをうやむやにして、なあああーんなく被害者のような表情をつくって、必死に抵抗したが勇戦むなしく負けてしまいました、というような話が多くて呆れてしまう。

強姦しようと思ったら相手に股間を蹴られて気絶した犯人が女に襲われた、おれのほうこそ被害者だとマジメな顔をして述べているようなもので、橋下徹や石原慎太郎の広報活動が功を奏して、この「日本話法」はいまでは英語世界にも知れ渡るようになってきている。
(中略)
兵器の形ひとつとっても海軍でいえば金剛の改装に典型的に観られるような「一艦完結主義」、あるいは重巡洋艦に特徴的なすさまじいトップヘビーの重武装、運用費や維持費のことは忘れていました、と言わんばかりの、ただパナマ運河を念頭においた机上の観念を鉄で具現化してしまったというほかない、動かすだけで国家財政が傾いてしまいそうな大和と武蔵の建造。
もっと細かいほうに目を移せば1000馬力級の延長上で改造を重ねて2000馬力級エンジンをつくろうとして失敗するところや、そんな兵器をつくったら兵士が弾薬を浪費するという理由で突撃銃の採用を見送ったり、いまの日本社会の種々の問題と同じ影の形を持った日本の病根が判りやすい形をなして顕れている。

アメリカを長い不景気から救いだした真珠湾攻撃に始まった対日戦争は、アメリカ人にとって未だに語り継がれる「The Good War」で、その後のベトナム戦争や湾岸戦争で良心が割れて砕けそうになるたびに、自分たちの歴史にも完全に邪悪な相手を打ち倒すために戦った歴史があるのだ、という戦争を正当化するときの良心の源泉になっている。
一方では、降伏を肯んじない狂気の軍隊を相手にして、女であるとみれば強姦して、中国人、韓国人、オランダ人、あるいは赤十字の看護婦として各所にいたオーストラリア人イギリス人やアメリカ人まで見境無しに集団強姦を繰り返して、そのうえ、捕虜に対して残虐な虐待を繰り返した日本兵への記憶は、戦争の色彩を、欧州戦線とは異なる薄汚いものに変えて、太平洋戦争を題材にとるのは長い間、商業上のタブーで、「思い出したくない戦争」として人々の歴史的な記憶の底で澱んでいる。
「太平洋戦争ものはヒットしない」が英語世界の娯楽産業では常識なのは、そういう事情によっています。

引用した部分だけでも頭がくらくらしてくる人は多いだろう(^^;)こいつは一体何者だ?

ガメ・オベールの日本語練習帳:HATENA KEYWORD
イギリス人と日本人の混血でニュージーランド生まれ、という作者が日本語の練習を名目に発信している、はてなダイアリーのブログ。

扱う話題は多岐にわたるが、自らの日常やその経験話にちょっとした主張を絡める―それが基本的な型である。スタンスのうえでは、非西洋人という境遇にありながらも『西洋人』の目線において物事を眺めることができ、時に『西洋』的な諸々の事物/事象をこよなく愛しつつ、自らの内に流れる日本人の血をこよなく愛する。自身が『雑種』であることを強調し、『国権主義』の対極的概念としての『個人主義的なもの』をこよなく愛するが、同時に『○○人は〜』という集団的タイピングをこよなく愛しもするという、実に深遠な思考様式を持つ。『わっし』という一人称を特徴とするその文章は、世辞にあらず『練習』など全く不要と言えようほどにごく初期の頃から洗練されていた。

そんな作者の名前はガメ・オベール。父親が日本人で、母親がイギリス人。父方の祖父はその葬儀に元首相が訪れるほどの大物で、母は世界中に別荘を有していてなおかつかなりの美人で、数ヶ国語を操るマルチリンガルでギリシャの古典美人のような顔をした妹がいる。

完璧な日本語を操りながら、日本人には極めて辛辣な批判を行うガメ・オベール氏だが、戦争に関するエントリ以外を読む限りでは「こよなく日本を愛する」心情が感じられて、少なくとも私は数日間混乱の中にいた(^^;)

Rising Sun:ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日
コーデル・ハル
コーデル・ハルのノートを眺めていると、戦争に至る人物群のなかで、ひと際、日本人全体への嫌悪に満ちていたのが判る。
この「国連の父」という祝辞のなかで死んだ人がグルーの報告や来栖・東郷の述べる事をまったく信用しなかったことは日本の真珠湾攻撃に直截むすびついた。
ハルの念頭にある日本人は「嘘つきで攻撃性が強い倫理がゼロの民族」で、その日本人全体への印象は終戦後も変わらなかったが、見ていて印象に残るのは、ハルの日本人観は、例えばキッシンジャーに受け継がれて、いまのアメリカの、外交上の「基本民族観」のようなものになっていることです。
(中略)
ドイツ人はナチの時代、思想の熱に狂ったが、日本人のあれは民族性だよ、その証拠にまたぞろ国家主義者の内閣を支持して靖国神社に参拝するということまでしているでしょう?
彼らは民族として他者を攻撃することしか考えていない、と述べた人がいる。
オーストラリアの内閣にいたことがある老人です。
政治家という非人間性に陥りやすい職業を持った人のなかでは尊敬している人なので、この人の、その言葉を日本について考えるたびに思い出す。
「日本人が変わるなどということは考えられない。見ていてごらん、彼らは必ずまたやるから」

最近はぼくも、諦めが先に立つようになって、悪い言葉で言えば「どうでもいいや」と考えるようになってきた。

Don’t let them get under your skin.
と英語なら言う。
表現として日本語には訳せないのではないだろうか。
ともかく、そういうことで、この6年間、ニセガイジンだの反日ガイジンだのと、「右」からも「左」からも盛大に誹謗中傷を浴び続けてきたが、考えてみると、いまの日本の人たちの、到底受けいれられない攻撃性だけで出来上がっているような文明から笑顔とともに受けいれられていたとしたら、そちらのほうがよほど問題で、自分の人格を疑わなければならなくなってしまう。

わしは知らん、と呟きながら、またコーデル・ハルの、日本人への嫌悪に滲んだ発言の記録へと戻るのでした。

第2次世界大戦当時の欧米人から見た日本人観を彼は教えてくれているようだが、それは一部の保守派の分析通りでもあり、当然それに対峙した日本側を連合軍側から見た分析もどうやら正解であるように思えてくる。混血の日系ニュージーランド人としてのジレンマさえ垣間見えるものの、彼の常識はやはり日本人の側にない。



ふたつの太平洋戦争:ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日
日本のひとの興味をひきそうな点で、アメリカ復員兵士たちが、ほぼ全員口にするのは「広島と長崎に原爆を落とすことになったのはカミカゼの直截の結果だ」ということで、つまり、神風攻撃を肯んじるような「人間とは異なる何か違う生き物」と日本本土で戦えば、いったいどれだけの人間が死ぬだろう、という意識を全員がもっていたようにみえる。
戦争指導部も「トルーマンに原爆投下を決心させたのはカミカゼだよ」というが、
この認識は日本で見聞きした日本人の考える投下理由とおおきく異なっている。
日本では原爆の投下は「アメリカ人の日本人への人種差別のあらわれ」
「日本人が自分達より劣った人種だと考えたアメリカ人たちの日本人を利用した生体実験」と理解されていて、アメリカ人たちの「原爆が投下されたから多くの人命が救われた」というアメリカ政府の公式見解でもある主張は「とんでもない恥知らずな言い訳」と捉えられている。

何度かアメリカ人たちに、「きみらはそういうけどさ、日本人はヒロシマを、つまるところ人種差別のあらわれだと思ってるのね」と言ってみたことがあるが、顔を真っ赤にして怒りだす人や、軽蔑の冷笑を浮かべる人がいるだけで、「そういうこともあるかも」という反応をみたことはない。

日本の人の思惑とは別にアメリカ人たちのほうは、ごくマジメに「原爆は多くの人命を救った」と考えている。
(中略)
ドイツの降伏(5月8日)は沖縄戦でいうと日本軍第32軍の反転攻勢の最中で、特攻作戦では菊水5号、第6次航空特攻総攻撃の真っ最中です。
沖縄戦を通じて、アメリカ兵たちにとって、ひいては全アメリカ人にとって最もおおきな喪失はアーニー・パイルの死だが、The Ernie Pyle billを生んで底辺の歩兵たちを大喜びさせた写真家は、すでに4月18日に伊江島で日本軍の機関銃によって殺されている。

人間の気持ちというものを考えれば簡単に想像がつくことだと思うが、どの連合軍兵士にとっても5月8日以降の死は全部ムダ死にで、当然、戦場でも著しく消極的になっていった。
沖縄戦に参加したアメリカ人やイギリス人は、「ひどい不公正だと感じた」と言い、空でも陸でも「自殺攻撃」してくる日本人をみるたびに、「なんでこいつらは親玉のドイツ軍が降伏したっていうのに、まだ戦争をやりたがるんだ」と考えたもののようだった。
なんのために?

日本人からみれば、(当然だと思うが)民族の力を傾けて華々しく、アジア人同胞のために、少なくとも初期には互角以上に「白人」と戦ってみせたつもりの太平洋戦争は、アメリカ人やイギリス人にとっては、ナチと四つに組んで戦っているのをいいことに、後ろから襲いかかってきた卑怯者との戦争にしかすぎない。
正面の門に大悪魔の軍勢が攻め寄せてきたときに裏庭からこそこそとはいってきて不意打ちをくらわせた卑劣な敵、というのが日本人のイメージで、まさか日本人に面と向かってそうは言わないので、日本の人はのほほんと「割とよくやった」と思っているが、当の「白人」たちのほうは、まったく異なる印象をもって戦争を記憶している。

考え方の癖というか、「どっちがほんとう」というようなことを考える習慣がないので、ぼくは、ここでも「随分、ちがうんだな」と思っているだけだが、認識を較べてみることはして、そうやって眺めてみると、日本人と例えばニュージーランド人の認識はびっくりするほど、違う。

日本人は八紘一宇の大義に燃えて、文字通り国運と自分の身命を賭してアジアのためにたちあがって反人種差別戦争を戦ったが、同じ戦争をアメリカ人は、ヒトラーが連戦連勝で勝ちすすみ、イギリスもロシアも全力を挙げて戦っても勝てず、欧州のパワーがアジアで萎んだのをみて、いまならアメリカが参戦しても二正面なので勝てる、と踏んではじめた「計算高い卑怯者相手の戦争」として戦った。
フランクリン・ルーズベルトとエレノア夫妻の親友として知られていた宋美齢が語る日本人の残虐と傲慢に、ハンフリー・ボガートやイングリッド・バーグマン、キャサリン・ヘップバーンというような有名人たちを含めた広汎な層のアメリカ人たちが中国人たちの悲運に深い同情の気持を持ち、日本人の行いを憎んで、せめて義援金をというので莫大な金額を中国に献金していたりしていた。
1941年12月7日の参戦は、だから、太平洋においては、それまでの直截友人を助けられないフラストレーションをふきとばす爆発的な解放の日でもあった。

戦争のような悲劇を、あんまり面白がってよいものではないが、日本語と英語と、両方から太平洋戦争の歴史を追ってゆくと、「ほんとうに同じ戦争の話だろうか?」と思うことがよくある。

戦勝国と敗戦国の違いというより、「自国の都合の違い」と考えるしかないような情けない結論に向かうしか無いのか?日本人のそれは、例えば韓国人が日本人をやたら目の敵にするようなコンプレックスの発露でしかなかったのか?(^^;)

誠実に礼節と敬意を持って相手に接すれば必ず理解されるというある種「日本的な思い込み」を簡単に打ち砕いてくれるわけだが、それでも完全に認識が断絶しているわけではない。各エントリをしっかり読みこめば、ガメ・オベール氏の半分ずつの血縁にかけて理解しようと試みる葛藤と挫折と憤怒とそれでもにじみ出る慈愛が伝わってくる。

彗星_ある艦爆パイロットの戦い:ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日
じーちゃんは、相変わらず遠くを眺める眼をしながら沖縄戦の記憶をたどっています。

ひとしきり特攻機がやってきて攻撃をした後にね、おれが空を眺めていると、高いところに天井をつくっていた雲のなかからポツンと黒点が現れてね。

それがみるみるうちに大きくなったかと思ったら、日本の水冷エンジンの急降下爆撃機なのさ。

「Judy (管理人注:艦上爆撃機-彗星っすね」と、言ってしまってから、「しまった」と思っているわっしのほうを

「おっ、知っているじゃないか」という顔で見やってニヤっと笑ってから、

そう、たった一機だけのね、と言う。

ところが、こいつがうまいパイロットでね。

びっくりするような急角度で突っ込んできたと思ったら船団の大型油槽艦の甲板のど真ん中に500キロ爆弾をたたきつけていったよ。

一瞬で、大爆発して、そうだなあ、2千メートルくらいはある火柱をふきあげて沈んじまった。

あんまり見事な間(ま)とタイミングなので、周りの船も対空砲火すらろくすぽ撃てない始末でね。

すぅーと、なんとなく戦場の「幕間」みたいなところにやってきて、狙い違わずぶつけていきやがった。

名人だったぜ、あれは。

それから、じーちゃんはしばらく黙ったな。

少し濁った青い眼が、湿っぽくなったようでした。

そのJudyが、そのあとやったことをおれは忘れられんのだ、と言う。

「?」

急降下から猛烈なプラスGの引き上げをやって急降下爆撃の見本をみせてくれたんだけどね、引き上げが終わってから、また反転して、なんとこれみよがしに海に突っ込んで自爆しやがった。

あの頃は、という頃になるとじーちゃんは声が出しにくそうである。ちょっと涙をぬぐったりしてます。

あの頃は….おれなんかは、いまでもそう思っているがね….おれたちはみんな「良いジャップは死んだジャップだけだ」と思っていた。

でも、あの操縦士の気持ちだけは、あいつがまるで自分の怒りを叩きつけるように自爆するのを身動きも出来ないで見つめていた同じ操縦士のおれたちには痛いほどよくわかったよ。

まるで声が聞こえてくるように判った、といえばいいかな。

あいつは、きっと、ほんとうは志願したくもないカミカゼに「無理矢理」志願させられたんだろう。日本人にはそういうところがある、というからね。

他の腕の悪い操縦士が次から次に犬死にしているあいだじゅう、雲のなかに隠れて旋回していたのだと思う。

雲間から様子をうかがいながらね。

キチガイじみた犬死に戦闘が終わったときを見計らって、あいつは、自分だけの戦いを戦いに降りてきたのさ、きっと。

やつが必死で訓練に訓練を重ねて磨き上げた腕をおれたちに見せに来た。

日本の操縦士がふらふらやってきてただぶち殺されるだけのものじゃないのを見せに来たんだと思う。

見事だったよ、実際。

あのときが初めてだぜ、日本人にも尊敬にあたいするやつがいるんだな、と思ったのは。

バカみたいに死ににくるだけじゃないんだ。

腕もあれば勇気もある奴がいたのさ。


(中略)

味方は誰もいなくなった敵の眼だけが見つめる洋上で「特攻」という非人間的な作戦と呼ぶのも汚らわしい感じのする作戦家の頽廃の極点のような作戦に抗議して見事に急降下爆撃を成功させ、怒りをぶつけるように水面に自らを叩きつけて死んだひと組の日本の若者のことを考えた。

まるで映画「永遠の0」のラストシーンを思わせるような話である。



このエントリにはおそらく殆どの日本人は共感を覚えることだろう。つまり、大日本帝国という「自己犠牲を美徳と考え過剰な同調圧力で強制する純日本人的な暴走」に対する苦々しい思いは、民族を越えた苦渋でもあるのだ。なぜ、この暴走が起こったのかを考える時、両極端の思想(思い込み)や潔癖主義が如何に恐ろしい硬直した考え方であるかが分かるのではないか。

平和憲法という魔法の杖を捨てる:ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日
平和憲法
吉田茂という人は、前にも書いたが
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/04/27/shigeru_yoshida/
アメリカ側から見ると腹立たしいほど狡猾な政治家で、どれほど恫喝しても、押してみても、引いてみても、日本人を戦地に送り込もうという目論見が成功したことはなかった。
このときもアメリカの要請によって日本の若者の生命をさしださざるをえない絶体絶命におもわれた窮地を、政敵政党である社会党と密かに話しあって、憲法九条を盾に自分自身の政権に対して強硬に抗議させるという離れ業で脱出してみせる。
結果は、「長津貯水池の戦い」ひとつでもアメリカ連合軍側は10000人を上廻る死傷者をだしたが、もちろん、憲法九条という外交的な魔法の杖がなければ、この戦場で傷付き死んでいったのは日本人であるはずだった。
(中略)
世界で初めて「戦争放棄」という不思議な理念を盛り込んだ憲法を持ったのは、正しく記憶していれば18世紀のフランス人たちだった。
フランス人たちが、その後、二度の大戦に巻き込まれたのを見ても判るように、平和憲法だけでは戦争に巻き込まれるのを防ぐのは難しい。
日本が平和憲法を、70年にわたって、あたかも軍事力であるかのように外交上使いこなしえたのは、
1 アメリカが巨大な駐留軍をおいて日本の再軍国化を防ごうと固く決心していたこと、
2 冷戦構造のなかで、しかも海を挟んで、アメリカが脅迫観念として恐れ続けた共産主義国と対峙していたこと、
3 1,2のような好都合な地政学的状況下で、アメリカの日本に対する過剰投資を利用して急速な経済発達を達成して、あっというまに経済大国をつくりえたこと、
という、特殊な状況、あるいは好運な偶然に依っている。
(中略)
1945年、日本側が作成して持ってきた憲法草案を見て、戦争に負けたことを全く理解していない傲慢さに辟易したアメリカ占領軍将校たちは、アメリカ側で新憲法のアイデアをつくる。
そのアイデアづくりに参加した若い中尉は「あんなお嬢ちゃん憲法が二年ももつとは思っていなかった」と証言している。
ところが、その「お嬢ちゃん憲法」は、吉田茂と「吉田学校」の生徒たちのしたたかな外交手腕によって日本の平和を守る「魔法の杖」として70年にわたって、日本を何度も傭兵供給国化しようとしたアメリカ自身を苦しめ、うんざりさせて、戦犯を収容した巣鴨刑務所内での取引によってアメリカの利益の代表者として日本の政治世界に放った岸信介が広汎な大衆運動によって失脚した1960年を境に、「お手上げ状態」になって、これ以降は駐留資金の日本側の負担を増加させることに方針を移していきます。


アメリカ側にとっても意外な展開で、日本が自ら進んで平和憲法を捨てよう、ということになったので、一石二鳥、もっかアメリカは笑いを噛み殺しながら憲法改正に向かって行進しだした日本人たちを眺めているに違いない。
日本が「アジア最大の脅威」でなくなったいまの状況では、オーストラリア、ニュージーランドにとっても日本人が自国人の代わりに戦場で死んでくれることは「良いこと」なので、反対する理由がない。
その背景にはアフガニスタンやイラク、シリアの様相をみれば判るとおり、自分達の平和に脅威を与えるものが「政府」であるよりも原理主義的な集団であることが増えてきた、という安全保障上の変化がある。

たとえ今回憲法が改正されなくても、何度もごり押しして憲法を変えようとする日本人の「努力」は中国の強大化によって日本が以前ほど危険な戦争国家たりえなくなったいまの世界では、日本の傭兵国家化こそが世界の利益で、外交的にも、日本が平和憲法を無視し撤廃の方向に向かえば向かうほど、取り分けアジア諸国の日本への立場は強くなってゆく。

世界中の誰にとっても日本の憲法改正は歓迎なので、乏しいオカネをなぜか自分から世界中にばらまいてくれて嬉しい予想外の喜びに浸ったアベノミクスとおなじことで、なんでそんな自殺行為に似たことをするのかは理解できないが、ともかく歓迎する、というところでしょう。

なんだか狐につままれたような話だけど。

これはツッコミを入れておきたくなる一文だ(^^;)もし朝鮮戦争に日本人が全く参戦していないとガメ・オベール氏が思っているのだとしたら、これは氏の誤解または知識不足である。

日本特別掃海隊:wiki
日本特別掃海隊(にほんとくべつそうかいたい)は、朝鮮戦争の際に、国連軍の要求で日本の海上保安庁が派遣した掃海隊。特別掃海隊とも。

朝鮮戦争当時、日本からは、日本を占領下においていた連合国軍の要請(事実上の命令)を受けて、海上保安官や民間船員など8000名以上を国連軍の作戦に参加させ、開戦からの半年に限っても56名が命を落とした。また、アメリカ軍によって集められた日本人港湾労働者数千人が韓国の港で荷役作業を行った。
朝鮮戦争には、第二次世界大戦の終戦以降日本を占領下に置いていた連合国軍、特に国連軍として朝鮮戦争に参戦していたアメリカ軍やイギリス軍の指示により、日本の海上保安庁の掃海部隊からなる「特別掃海隊」も派遣され、死傷者を出しながら国連軍の作戦遂行に貢献した。


日本特別掃海隊
<画像元:掬ってみれば無数の刹那>

吉田茂の話はアメリカ側の事情がよく分かる話ではあるが(^^;)やはりガメ・オベール氏は日本においてはリベラルの側にいる人なのだろう。日本が武装強化しなければ結局最初から最後まで殺されるのは日本人で、アメリカは威嚇するだけで中国やロシアと直接対峙せず、「アメリカの姿を見せる」防波堤(あるいは標識・看板)としての日本を利用するだけになる。
この掃海隊など数十年後、湾岸戦争やイラク戦争で海上自衛隊の護衛艦が物資の補給に協力したり、ペルシャ湾での機雷掃海業務などを行ったのも、過去にこういう実績があればこそ「これくらいなら(占領下だったとはいえ)昔やっていたではないか」とアメリカから言われてしまえば反論できないわけで(^^;)野党の皆さんはこの辺り、厳し〜く突っ込んでいたっけ?(爆)

日中戦争になった場合、アメリカが戦争に引きずり込まれるリスクを取るならば、日本がアメリカが行う戦争に引きずり込まれるリスクもまた存在することになる。しかし、アメリカの思惑を逆手に取ってしっかり日本の自立と防衛を守った吉田茂の孫の麻生太郎を現内閣の閣僚に抱え、安保改定で日本に利するよう工作した岸信介の孫が現在の安倍首相である以上、「憲法を改正しないで実質的な防衛抑止力を構築する裏ワザ」を狙っているようにも見ているのが日本の中道寄りの保守層(つまり私)の最大の期待なのである(爆)・・・そういう見方をすると、案外当時の安保反対運動を影で操っていたのは、当の岸信介だったのかも知れないとさえ思う(^^;)

ただ、この見方が必ずしも正解でもなさそうなエントリも別のところに上がっている(^^;)

岸信介はCIAの走狗ではなかった!?:nueq lab
アメリカに潰された政治家たち「 戦後史の正体 」 の著者:孫崎享さんの9月29日発売の新著 「 アメリカに潰された政治家たち 」 には、驚くべきことが書かれています。

昭和の妖怪と評された 岸信介 はこれまで児玉誉士夫や正力松太郎、池田大作などと同じくCIAのエージェントとして日本を支配した政治家として見られてきましたが、ここには全く真逆のことが書かれています。

岸信介というと、日米安保改訂 = 60年安保ですが、この安保条約を締結したのが吉田茂。 日米安保条約には日米行政協定が付随しており、日米安保5条に対し、行政協定29条と具体的なことはこちらで指定されています。 この行政協定が安保改訂時に、日米地位協定と名前を改めています。

岸信介は、安保条約はアメリカに一方的に有利な条約であって、これを相互契約的なものに切り替えることを意図し、同時に具体的な取り決めがされている行政協定も全面改定すべく、アイゼンハワー大統領、ダレス国務長官に迫ったとのことです。

首相就任2ヶ月後の1957年4月には、参議院内閣委員会で 「 日米安保条約、日米行政協定は全面的に改正すべき時代にきている。」と、発言し、それまでアメリカのポチと思われていた岸が敢然と対アメリカ自主路線を唱えるに至ってダレスCIAは、岸失脚の画策を始めます。

それが60年安保。

当時全学連の事務所の電話は電話代が払えず、時々止まってたものが、安保闘争が始まった途端に金回りが良くなり、早稲田大学からの動員では当時1台5000円の都電・7000円のバスを20〜30台もチャーターして学生を送り込んでいます。 以前より全学連に流れた資金が右翼とかCIAとかの噂はありましたが、孫崎さんは、全学連の書記長:島茂郎が右翼の田中清玄から資金を受け取り、松永安左エ門( 電力中央研究所理事長:この電中研に関しては311・ホルミシスに関して今後も度々言及しますので覚えておいて下さい。)との関連も具体的に描写しています。

つまり、岸信介打倒は、アラブの春 〜 地球上で稀に見る善政を敷いてた為に滅ぼされたカダフィー打倒と同じ構図 = 何もわかってない学生・労働者・市民に動員をかけた謀略だったことが浮き彫りとなってきます。 実際、当時の学生運動家のコメントも掲載されていますが、殆どの学生は日米安保の内容を何も知らなかった。と証言しています。( そこが今回の首相官邸前抗議行動との大違い。今回、官邸前に集まる人は似非ニッポン政府による多くの隠蔽・歪曲・捏造を熟知した個人の意志で動いている人たちで、60年安保時の「 扇動・動員 」によるものとは決定的な違いがあります。)

さて、岸信介はやはりCIAから莫大な資金を受け取っていたようです。
当時の金額で毎年200万〜1000万ドル。 1ドル360円ですから、11〜36億円。 当時の国家予算が1兆円なので、CIAから自民党への工作資金は国家予算の0.3%。 これを現在の一般会計+特別会計の約500兆に換算すると30億が1兆5千万円! 自由党と民主党が合併した1955年から東京オリンピックの1968年の14年間で計算すると、その額、21兆円!
「 アラブの春 」のメインターゲットだったムバラクが13年間で10兆円のCIA工作資金を猫ババして倒されたのと比較すると、冷戦の最前線に位置する日本への工作資金としては打倒な額かと思われます。
ムバラクは単に私腹を肥やすためにこれをスイス銀行などに退蔵したわけですが、岸はこの資金を元に強固な国内固めを行い、対米自主独立志向の日米安保改正・日米行政協定改正を展開したようです。 

そして、岸が軽くみていた学生運動はCIAの資金注入により首相官邸・国会包囲となり全国の大学占拠となり、また国会突入時に女学生が圧死する事件も起こり、退陣を余儀なくされます。 更に身内であるはずの内閣内では、池田勇人副総理・河野一郎総務会長・三木武夫経済企画庁長官の強烈な無理難題のふっかけにより、日米安保改正が一定レベルの相互条約にはなったものの、日米地位協定と名を変えた日米行政協定の中身は殆ど改正されることなく現在に至ることとなったそうです。

アメリカの資金で対アメリカ独立の政策を遂行しようとしたわけだから、そりゃ、引きずり降ろされるよね。

さて、これはどっちが正解なのだろうか?(^^;)ガメ・オベール氏の認識では子飼いの岸が国内の反対勢力のせいで失脚したためアメリカの意のままになる安保を結びそこねた。ただ、アメリカが本気で岸を潰しにかかるなら、CIAとの癒着をリークし国民の信頼を徹底的に壊せばいい(ただその場合は、E・スノーデン事件のようにCIAの機密情報を岸が自らぶちまけて全てを台無しにしかねないが)。それにアメリカの意中の内容でなくても安保条約を継続させる方がアメリカの国益には叶うはずなので、その反対運動を仕掛けるのも少々おかしい。

だいたい占領時代にはキャノン機関などという謀略工作部隊によるテロまがいの活動も行ったアメリカにしては、一応独立後とはいえ少々マヌケな顛末ではある。この条約を容認する代わりに岸(あるいはその後に続く自民党政治家)が譲歩したのは「地位協定」だけだったのだろうか?

・・・元の話に戻れば(^^;)安倍総理は解釈改憲で全てを押し切る「反戦体制での集団的自衛権」をダブル・スタンダードの批判を恐れず実行するのかもしれない。

もちろん、可能なら改憲すべきだろうし、その際は日米安保の改定も必須となるだろうし(地位協定の撤廃とか見なおしとか含めて)、そのあたりの期待は結構本気で持っている(^^;)

上記のようにいろんな背景が想像できるくらい・・・アメリカや欧米人の思惑って結局外れてばっかりだしねぇ(^^;)

表題のように、すべての可能性は五分五分、つまり半分ずつなのだ。いま改憲勢力が2/3を越えたことが危惧されているが、実際に改憲発議が行われてもいないし、その内容も全く審議されていない。案外平和の夢を貪っていたい日本人は、狡猾なほどに怠惰で(^^;)対外戦争を完全可能にする改憲は否決され、欧米側の思惑はハズレ(爆)日本にネチネチと嫌がらせのようなプレッシャーを押し付けるだろう・・・これまでと同じように(^^;)

・・・つまり、いつまでたっても、日本人と欧米人の思惑は咬み合わないし、当然のごとく中国人と欧米人の思惑も咬み合わない(爆)だからこそ、というかそこが最大の抑止力なんだなって、

なんて酷い冗談なんだよ全く(^^;)

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反射【はんしゃ】

最近自分の反射速度がどんどん遅くなっているような気がしてならない(^^;)加齢が進んでいるのだろうが、入力された情報を咀嚼して出力するまでにこれまで以上の時間を必要とするのを痛感している。

なので同じネタ元から派生する内容を一つにまとめきれず細切れに出すことになり、例えば都知事選の話でも3〜4度取り上げ、切り口を少しずつ変化させているとはいえ、基本的には参院選同様「野党側のダメさ加減」を繰り返しているだけであった(汗)

もっとシンプルに斬って捨てればいいものを、あっちこっちから類似性のある事象を掘り出しては比較する癖が付いているので、なかなかエントリ更新のテンポが上がらない。それでも先月は数だけは頑張って更新したほうだと思うが(^^;)

新都知事に小池百合子が決まり、大横綱千代の富士こと九重親方が逝去。来る人往く人のスピードが早くなっているばかりか、気がつけば相模原の事件やバングラデシュのテロ事件の件には全く触れられなかった。自分の中に出力するほどの情報が集まらなかったせいもあるが、やはり物事に反応して思考速度を変化させ、結論を導き出す能力(脳力)の衰えを感じざるをえないのだ。

・・・と、ここまで書いてなにげに上記に上げた事柄の共通項に「反射」が該当するかもしれないと思い立った。

小池百合子
<画像元:気ままに備忘録and TIPS>

都知事選がグズグズの舛添降板劇の延長で、気を熟さない候補者が数だけ出揃ったのも、「舛添都政」に対するリアクション(反射)であろうし、足並みの揃わなさ振りまで与野党に共通して混乱を残した。
これも反射というか影響の一つであろうし、「小池の乱(爆)」に始まった「自民党都連幹事長内田茂の巨大利権の暴露」という乱反射や(爆)野党側の石田純一やら宇都宮健児やらのドタバタの挙句に「軽妙さしか無い鳥越俊太郎」と言う最悪手という終わってみれば「自滅的反射(^^;)」をも引き出したのは、ひょっとしたら舛添要一が唯一東京都民や日本という国に残した最大の功績だったかも知れぬ(爆)

「密室で決め、無条件に支持する市民運動」 宇都宮氏はこうして鳥越氏を見限った【都知事選2016】:J-CASTニュース
鳥越氏を支持した野党4党や市民連合に「安倍政権に対して民主主義を求めるなら、自分たちの運動の中で民主主義を作らないといけない」「『安倍政権の独裁に反対する』と言いながら、政党が密室で決めた候補を無条件に支持するような市民運動なんですよ。こういうようなあり方をしている限り、日本のリベラルは勝てない」と強い口調で苦言を呈した。

また、ニュースメディア「IWJ」が同日公開したインタビュー動画の中でも、野党連合に対して「ただ安倍政権に一矢報いるため革新知事を誕生させればいいなんて甘い話ではない」と釘をさしている。

宇都宮氏に対する処遇で図らずも野党側の「非民主的強権体質」が露呈する格好になった。異なる意見を圧殺し、陰湿な攻撃を繰り返すのも左翼系政党の常套手段だ。皮肉にも自民党都連内田茂の行った締め付けにもこの「強権的体質」があることを有権者に暴露され、無党派層の殆どが最も嫌う「強制的同調圧力」を晒された2候補は敗退したことになる。

結果的には東京都民の「反射(リアクション)」は妥当なものだったようで幾分未来に希望が持てるが、地獄の魔王都連幹事長の内田とのバトルはどんな次の「反射(リアクション)」をもたらすのだろうか?

お楽しみはこれからである(^^;)

横綱千代の富士もまた、立ち会いの反応鋭く左前みつを取り、圧倒的な腕力で引きつけて相手の腰を浮かせ一気に寄り立てるスピード感あふれる取り口が魅力で、この横綱の最大の魅力こそ「反射速度の速さ」であったように思うのだ。

私が最初に千代の富士を見た時のこと。学校から帰ってきてTVをつけると大相撲中継をたまたまやっていて、時間が早かったために幕内ながら前頭10枚目とか下位の取り組みだったのだが、妙に細い力士が出てきて思わず目を疑ったことを記憶している(^^;)

まだまだ幕内に上がるのは早過ぎるように思えるほど圧倒的な体重差に、やはり苦戦を強いられ、素早く動きまわるもパワー負けして土俵の外に突き落とされるその取組は、初代貴乃花(大関)を思わせるセンスの良さを思わせながらも「もう少し体が出来ないと(体重が増えないと)勝てないだろうな」と素人目にも写っていた。

千代の富士
<画像元:The Huffington Post>

しかしてそれから数年後。肩関節の脱臼グセを克服すべく取り組んだ「筋トレ」でムッキムキのプロレスラー体型に変貌した千代の富士は、増やした体重全てが筋肉だったかのような「パワー相撲」でそれまでかなわなかったアンコ型力士を次々と撃破(^^;)まさに「撃破」と呼びたいくらいにあっという間に対戦相手を葬っていった。

若貴兄弟の出世と入れ替わりに引退したが、印象として最後まで「最強」なイメージがファンの中には刻まれた。大横綱が残したそのイメージは「(日本人の)最強横綱」そのままだったが、それに反射して台頭した若貴兄弟が、日本人の横綱が主流だった最後の時代を思わせる、少々苦々しい記憶であったわけだ。

謹んでご冥福をお祈りいたします。(合掌)


相模原の事件やバングラデシュのテロ事件についても「反射」と言うキーワードが引っかかってくる。

重度身障者と対峙する素行不良の介護士がヒトラーの優生学的思想に遭遇した時の反射行為が懸念されるし、バングラデシュのテロ事件で犠牲となった人が「日本人だ」と叫んだと言われているが、この反射行動も、それによって引き出されたテロリストの反射行動もそれぞれ「妥当ではなかった」という点で共通している気がする。

自分の情報の咀嚼が追いつけばこれらの事件についてもエントリを上げるかも知れないが、8月に入って最初の私のブロガー的反射行動がこのエントリであったということで、どうも。(爆)

JUGEMテーマ:社会の出来事

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花散らし【はなちらし】

今週月曜日。花散らしの雨に心配したがどうやら撮影できるタイミングに桜は圧倒的な存在感をとどめてくれていた。

桜01
毎年恒例、団地の斜面

桜02

桜03
西千代ケ丘(住宅地内)の公園。

スマホで桜を撮影している女性がいた。私のたいそうなデジカメを見てそそくさと画角から出てくれたが、いや、申し訳ない。貴女のスマホよりも私のデジカメの方が画素数は低いはずだ(爆)なにせ500万画素というもう10年以上前の機種だから(汗)撮影の機能は色々揃ってるとはいえ、CCDの耐用年数や内部回路がそろそろやばくなってきている。この画像もオート撮影では若干暗めに仕上がっているので、PC上で明度を上げた。

AEの露出判定が昔より甘くなってる気がする・・・(^^;)

桜04

桜05
富雄川桜づつみモデル事業公園(大和郡山市)

撮影開始直後は「花曇り」だったが夕方に近づくに連れ陽光が差し始め気温がぐんぐん上昇、1kmにも満たない川岸の公園を往復するだけで汗をかいた。

桜06

桜07

桜08
夜勤の職場へ向かう道すがらにある桜たち。昨年から気になっていたが、中々見事な桜並木。3組位花見客(老人)が花の宴を催していた。平日のこんな日に昼間から遊んでいられるのは平日が休日の商売か引退した年寄りしかいない(^^;)

私のような貧乏人は年をとってもこんなふうに遊んではいられないだろうが、通り過ぎる間に聞こえてきた会話は「金の話」(^^;)・・・せっかくの花の下なら話を選べよ爺い(爆)

桜09

桜10
今日が休日らしい父親と自転車を練習する少女がこの公園を通って行く。黒いミニチュアダックスフントを連れた老婦人がまったりと歩き、公園の中ほどにあるベンチでは老夫婦がにこやかに語らっている。


桜11

桜12
奈良はバイクで少し走れば結構な桜の名所がたくさんある。有名な桜の名所に行くのもいいだろうが大勢の人や屋台など余計なものも多い。その点地元のこうした桜名所はその地域の人々の宝でもある。

桜13
竜田川(生駒市)

桜14

桜15

桜16

桜17
同じく竜田川(平群町)

桜18

桜19

天気予報では明日の奈良地方は雨。この春花見ができる最後の日となった今日、過ぎゆく春に早くも名残惜しい気がしている私であった。

JUGEMテーマ:お花見&桜


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馬鹿気の至り【ばかげのいたり】

安保法制案で連日ニュース報道では市民グループその他の反対デモが電波に流されている。珍しく賛成派のデモとか、講演会(もちろん櫻井よしこさんなど保守系論客のオールスター(^^;))の様子も最近は流れるようになってきたが、反対派の「絶対的頑迷さ」(爆)は、留まるところを知らない(^^;)

そんな中、私は見ていなかったが若者の反対デモ組織「SEALEs」の代表者がフジテレビに登場したらしい。結果は玉砕したようだが(^^;)内容がひどすぎて2ちゃんまとめサイトのネタになっていた(爆)

SEALDs奥田愛基さん、フジテレビ出演も論破され惨敗「力不足ですみません」:痛い2ちゃんねるニュース
かける@Kakeru_builder 6時間前
さっきのSEALDSの奥田さん面白かったなw
奥田さん「なぜ国民全員が安倍首相のわがままに付き合わなければならないんでしょうか。」
田崎さん「選挙で選ばれたからですよ。」
スパッ
https://twitter.com/Kakeru_builder/status/641522799517896704

かける@Kakeru_builder 6時間前
奥田さん「去年の選挙も国民の意思とは言えない」
田崎さん「去年の選挙前から自民党は安保本案について話をしてましたよ」
奥田さん「テレビ等でちゃんと説明してなかったですよね」
田崎さん「ちゃんとしてましたよ。」
アナウンサー「してましたね」
スパッ
https://twitter.com/Kakeru_builder/status/641522923317035008


奥田クン

法律は「本人が知らなかったから無効」には絶対にならない(^^;)選挙は「俺が行かなかったから無効」にも絶対にならない(爆)

リンク先には奥田クンのtwitterでの反省というか言い訳がずらずら出ているのだが、議論をするその前提ですら満たしていなかった事を晒してしまった。反対するならもっと前にやれたはずだし選挙の前にこそ彼らの運動(反自民なり反安保法制なりで)やるべきであったのだ。

東林鱒
http://twitter.com/higashimuramass/status/641615289143029760


リンク中には数少ない奥田クンの擁護者のtweetも引用されているが、しっかり下段のレスでツッコまれてるし(^^;)まぁいまどきの若者らしい未熟ぶりが痛々しいばかりだが、次回の選挙ではちゃんと投票に行きましょう(^^;)とは言え、どうせ支持率的にも政策的にも自民党を上回る「左翼政党」は居そうにないのだが・・・。

少々作りが大げさではあるが以下の動画は、彼ら反対派と国民の空気感の差をよく見ている。



動画内の「安倍政権に不満はあっても、昔ながらの反戦リベラル的な主張には与したくない。」これがまさしく彼ら反対派の声が、安倍政権を揺るがす大波にならない(反対派の集約につながらない)最大の理由だと思われる。

最後に日本国憲法前文が出ているが、なぜここでこれが出てくるのがわからない人もいるだろう。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。


日本国憲法:法庫.comより

ほら見ろ、ここにも「反戦平和」の思想が書かれているではないか!憲法9条のみならず前文の意思にも反している!

・・・と反対派は思うはずだ。だがしかし、反対派は内容をよく読んでいない。「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とは特亜国家群を優先せよという意味ではないのだ(^^;)つまりそれらよりももっと多い「国際世論に鑑み日本に期待する声に応える義務がある事を憲法が示している」と言えるのだ。

もうどちらの側(護憲派・改憲派)から見ても「欠陥憲法」だと分かるんじゃない?(爆)

『集団的自衛権の行使容認』海外の反応をまとめた画像が話題:grapee

中韓除く環太平洋諸国は支持 周辺国反対論の「虚像」
こう題された、記事が産経ニュースに掲載され、その記事に掲載された画像が非常にわかりやすいと話題になってる。

集団的自衛権行使容認 各国の反応
※画像クリックで拡大

わかりやすく解説してくれている論客がいたので紹介しておこう。

安保法案を『違憲だ!違憲だ!』と叫ぶ全ての方へ 「勉強不足です。勉強してください」:本気論 本音論「長谷川豊公式ブログ」

そうです。日本は「世界の中の一員」なんです。普通のことですよね。だって、国連にも参加してるわけなんだから。国際連合の一員として、ルールに従って行動すればいいんですけど、じゃあそのルール、つまり「国連憲章」にはどう書いてますかって話です。

長いんですけれど、重要なところは7章の「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」って所です。その51条に書いてるのが

「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない」(国連憲章51条)

っていう文章。いわゆる「自衛権にまつわる規定」のところですね。面倒なので訳しますけど、

「さすがに攻め込まれたら戦っていいっすよ♪」

ってことです。はい。当たり前ですよね。でないと国なんて守れないんだから。世界中、このルールなんです。世界の国は、「侵略戦争」はダメだけれど、もし攻め込まれたりしたら『守るための戦争』はしてもいいんです。と、言うかしなきゃいけないんです。自国民を守るために。

で、ですよ。守るための戦争は当然起きるわけだけれど、ここで、皆さんがギャースカ言ってる日本国憲法の9条を見てみましょうね。はい、また必要以上に難しい文言が並びます。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


そうです。日本って、戦争に負けたでしょ?なのでアメリカに占領統治されて誓わされたわけです。
1項は、訳すと「もう2度と戦争しましぇーーーん!」って言わされてるわけ。まぁ、それは私も全然かまわないと思います。でも、問題が次の2項。2項は「なので戦う力は、全部が全部持ちましぇーーーん!」って言わされてるわけです。

分かる?分かります??

あのね、今回の安保法案に違憲がドーノコーノ言ってる皆さん方、ちゃんと勉強して下さい。そもそも、「違憲がどうの」といいたいのなら、とっくに昔に

9条の2項は違憲(国連憲章違反)ですから!

そこをまず押さえてください。当時の日本がGHQに全く逆らえなかったのは砂川裁判でも知っての通り。え?砂川裁判を知らない?もう面倒なので、自分で調べてください。とにかく、高裁なんてすっ飛ばして、裁判の判決までアメリカ様の好き勝手やられてた時代なんです。そのGHQに、国連憲章で認められてる権利すらも「放棄しろ」って押し付けられたのが9条の2項なわけ。

でも、そんなアホなって条項でしょ?9条の1項は素晴らしいと思うけれど、2項はどう見てもおかしいじゃないですか?なので、日本人の大好きな「ナァナァ」をした訳です。いいんじゃね?って。さすがにおかしくね?って。で、作ったのが

「自衛隊」

ってわけ。思いっきりミサイルとかイージス艦とか持ってるでしょ?ゴリゴリの「軍隊」でしょ?いいんです。あれは。そもそも9条の2項が狂ってるんだから。なので、公明党のいとう渉さんのこちらのブログでも触れられていますけれど(「安保法案「違憲」104人、「合憲」2人 憲法学者ら」)読んでいただければわかる通りで、皆さんや報道ステーションが拠り所にしている「とても頭のいいおエライ憲法学者の皆様」のうちの7割が…

「そもそも自衛隊自体が違憲」

っておっしゃってるんです。そう。当然ですよね。「日本国憲法」に照らし合わせりゃミサイル持ちまくってる自衛隊なんて違憲に決まってるでしょうが。9条の2項自体がおかしいのだから。だって、「戦う力は一つも持っちゃダメ」なんですよ?すごくない?逆に。

長谷川豊氏はフジテレビ出身のフリーアナウンサー。サイトでご本人の顔を見れば「ああ、この人か」と思い出す人も多いだろう。少々バカっぽく解説してくれているが(^^;)「国際紛争の解決手段としての戦争を放棄した」パリ不戦条約で戦争を否定して以降でも「自衛戦争」は認められ、集団的自衛権も認められている。平和主義者を自称する人の多くは国連主導型の国際平和(というか安全保障の考え方とか国際的倫理観)をその論拠にする場合が多いのだが、日本国憲法はこれに準拠していないわけだ。(^^;)

国連憲章の成立は1945年6月(効力発生は1945年10月24日)なので日本が降伏する以前から、こういう内容ではあったわけだ。(以降3回の改正有り)日本国憲法の成立が1946年11月(施行は翌年の5月3日)なので1年も前から国連憲章の内容は世界基準と言えるし、日本国憲法の条文(9条2項)はそれに照らした場合、違反であり不適切ということになる。

講和条約を結び、独立国として国連に加盟した時点で、日本はこの国連憲章に従う誓約を立てたのだから明らかに誓約違反であり「現行憲法の9条2項こそが異常な条文」ということができるのである。

私も若い頃は現政権の腐敗した金権体質が嫌いだったし、自虐史観に洗脳されていたので安保条約や自衛隊の存在を忌避していたこともある。しかしその後「市民の味方であるはずの左翼」がちっとも成長せず、「反対のための反対を繰り返す」思考停止型の宗教に近い気持ち悪さを感じたこともあって、自分で過去の記録を調べ始めた。すると左翼の嘘も右翼の嘘もそれぞれに見えてきた。

今私がやや右寄りの中道(^^;)に位置し「自虐史観他のサヨク脳」から脱しているのは、彼ら左翼の「異常な論理」が最大の功労者かもしれない(爆)

何でも「単純な善悪論」だけで判断するのは誤りだし、特に政治、それも国際関係が絡むものは、「独善的な視点では確実に本質を見誤る」事を学んだのである。

まだ知らない人もこれから知ろうとする人も、反対する前に一応は調べるなり周囲を見渡すなり、自分の頭で考えましょう・・・ということだけだ。SEALDsのような若者ならまだしも(だからといって無条件にその未熟さが許されるわけではない)、いい歳をした大人が、どこかのメディアの論調を丸呑みして「反対教」の信者になるのは恥ずかしいと知るべきである。そんな思慮も知識も勉強も足りない人間が、よく考えずに誰かの尻馬に乗る以上「馬鹿気の至り」と言うしか無いではないか(^^;)

上記を始め他の賛成派のブログや記事、(恐縮ながら私の過去エントリに加え)下の記事を読んでも、やっぱり「安保法制は絶対的に悪だ」としか思えないなら、もうアナタはダメです(^^;)「無抵抗の服従に担保される平和(奴隷としての平和)」を望むのなら、どこか日本以外の国で「腰抜けの外国人」としてお過ごしください。きっと心からの満足を得られるでしょう(爆)

安保法制反対派が語らない「奴隷の平和」 古森義久:産経ニュース「あめりかノート」
 単に戦争のない状態の平和を守るには絶対に確実な方法がある。外部からの軍事力の威嚇や攻撃にすぐ降伏することだ。相手の要求に従えば、この平和は保たれる。尖閣諸島も中国に提供すれば、戦争の危険は去るわけだ。

 だが安保法制反対派もここまでは語らない。そのかわり戦争には侵略と自衛の区別をつけず、すべて邪悪として排する。日本は現行憲法でも自衛戦争の権利は有しているのに、反対派は日本の自衛のための防衛力や抑止力の整備さえも認めないようなのだ。

 反対派が悪だとする日本の「植民地支配」や「侵略」は米国の対日戦争で除去された。その手段はまさに戦争だった。だから米国は、そして中国も、あの戦争は正当で必要だったと宣言する。オバマ大統領も前記演説で「正義の戦争は存在する」と強調していた。

 8月の米国では対日戦争の勝利が必ず祝われる。日本にとっては悲しいが「原爆投下に神への感謝を」(大手米紙の今年8月5日の論評)という主張さえ出る。どんな戦争も否定しようとする日本の一部の認識が、国際的にいかに異端かがわかるだろう。それでも安保法制法案は自衛ではない戦争はきわめて明確に排している。だが、その趣旨に賛成する側はあたかも平和自体に反対するかのようなぬれぎぬを着せられるのだ。


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パクり多売【ぱくりたばい】

2020TOKYOオリンピックロゴデザインの佐野研二郎氏が苦しい立場に追い込まれている。オリンピックのロゴ以外にも類似ロゴが次々と出てきていて「パクリ常習疑惑」が持ち上がっているからだ。

私自身似た業界に在籍したことも有り、マークのデザインに関わったこともあるが、これらのデザイン作業の最初は多くの場合、サムネイルというミニスケッチを数撃ちゃ当たる式に書き出していく。主に新人デザイナーが練習がてらこれだけを数日やらされてノイローゼ寸前になるくらい脳みそから汗を流して「創作の地獄でのたうちまわる」のである。

最初の半日はノーヒントで自分の中にあるアイデアを出し尽くし、それ以降は何かの資料を見ながらアイデアを抽出できるものを探していく。盗作にならないように他のデザインをリサーチする作業と同時進行とも言えるが、多くの場合は文字の並び(ロゴタイプの場合)やイニシアル(マークの場合)の異なるデザインから「アイデアを盗む」(注:デザインそのものを盗むのとは別)「ヒントを得る(言い方を変えればインスパイアされる)」行程を経て当該テーマの作品の原案をひねり出す。

その後先輩デザイナーやアートディレクター(デザイン作業全般の監督者)も加わって最終的に幾つかのスケッチをピックアップし、実際の造形(試作段階)に入る。

普通はこの段階で「有名なデザインに似すぎている」「似たマークを見たことがある」など制作側で排除されるが、ここで類似デザインの存在に気づかない場合は、デザイン案の作成や修正(練り上げ・精緻化)を経て「デザイン候補案」が形になることになる。そして多くの場合はクライアント(依頼主)の企業・公共団体のロゴ・マークや商品ロゴ・マークなどが制作案件であるので、商標登録や意匠登録に際しトラブルとならないよう、広告代理店の校閲部や調査部が最終選考案レベルになると必ず最低限国内のデザイン登録状況を調べているはずである。

今回はオリンピックである以上、その範囲を世界的に広げる事も必要だったと思うのだが、調べつくしきれなかったということかもしれないし、そこまで徹底していなかったのかもしれない。(ベルギーのデザイン案は商標など公式に登録されていないらしいので調査から漏れた可能性はある。)

オリンピックのマーク自体は「似たモチーフ(Tという文字)」を「似た表現アイデア」でデザインされた最終形が似ていたと言うことである。これなら「ありがちなこと」であるし、本人が否定したように海外作家の著作権主張は極めて狭い「プロ同志の格闘」で終わる話だった。

ベルギーのデザイナー「東京オリンピックのロゴは盗作だ、訴訟起こす!」 :海外反応! I LOVE JAPAN

ロゴ比較

しかも今回の件、ベルギーだけでなくスペインのデザイナーからも盗作したのではとの疑惑も・・・↓

ロゴ比較2

・まぁ元々日本はアジアのコピーキャットだからな。

・アジア最大のコピーキャットは中国だろ。

・えっ・・・これ中国じゃなくて日本なのかよ。

・基本的に日本のデザイナーは新たな物を生み出したりしないんだよ。
彼らは西洋のデザインをただ日本風にマッチさせるだけなのさ。
これは日本では当たり前のことなんだよ。

「元々日本はアジアのコピーキャット」とは中々耳が痛い(^^;)欧米の基礎研究を輸入してはそれに磨きをかけ「量産化」「高性能化」するのは日本の得意技だからだ。ただまぁデザインに関しては日本ならではのオリジナリティがほしいのは間違いないところだが、モチーフや色使いではスペインに似てるしカタチの処理はベルギーに似てる(^^;)これが意図的であるかどうかは「疑わしくもあるが、偶然似る可能性はある」のだ。

デザインのポイントである「T」の文字の処理だが、セリフ系書体のTimesBoldの字形に似ているというか、そのセリフ部分を矩形化し円のモチーフと組み合わせた処理は以下のようにベルギー案日本案ともにセリフ系書体のカタチから着想を得ていると言えるのだ(^^;)

timesbold
<画像元:fontpalace>

※参考資料:■フォント選びの基礎知識(2)基本的書体の種類解説

とは言え、佐野研二郎氏の仕事は、今炎上している「類似デザイン騒ぎ」を見る限り、残念ながら全般的に「チェックが甘い」と言えるのかもしれない。パクると仕事は楽になるが、バレれば価値は確実に落ちる。創造性やオリジナリティが命の業界においては、こういう「剽窃常習デザイナー」はあまりにも致命的な評価だけに、今後は仕事がしづらくなるだろうね。それともパクリ多売(薄利多売)で数で勝負ですか?(^^;)

ただ、一般的にこういう類似はよく起こりがちだ。音楽の世界の場合「ヒントの盗み合い」「未知の曲の発掘の腕比べ」あるいは「知らないフリして堂々とパクる(^^;)」下の動画など知ってる曲もそこそこあるが・・・みんな頑張ってるねぇ(爆)



しかしもっとすごい元ネタが音楽界には存在していてパクリ総本山とも言えるクラシック曲が「カノン(バッハ作曲)」だったりする(^^;)



コード進行が同じなので同じような「格調高さや」「穏やかさ」が維持されてしまうというインスタント名曲メーカーぶり(爆)・・・もちろんこのコード進行に乗せてメロディラインをひねり出す才能は間違いなく個々のソングメーカーにある。要はアレンジセンスの問題。上記のデザイン界における「類似」もこれに似てると言えると思うのだが、佐野研二郎氏は良いセンスを持ちながら詰めが甘かったり、雑だったり、手を抜きすぎだったり(爆)・・・まぁ、上の動画の「似ている曲」では言い逃れ出来そうにないものもある(^^;)そういう曲を書いた作曲家はどこかで記憶に残っていたメロディを、知らずに似せて(自分の曲想だと思い込んで)書いてしまったのかもしれないし、いいネタ見つけたとばかりに積極的にパクったのかもしれない(^^;)

これは間違いなくパクリだろと思えるこの曲などはその後どうなったんだろうか?(爆)



松本晃彦〜踊る大捜査線シリーズとの関わり:wiki
1997年にフジテレビ系で放送された「踊る大捜査線」は、彼の名を一気に広めた作品となった。それまでの刑事ドラマ音楽の代表であったのは「太陽にほえろ!」や「西部警察」であったが、メキシコのロレンソ・バルセラータが作曲作詞した"El cascabel"を原曲として制作したテーマ曲『RHYTHM AND POLICE』は同作品の代表曲となった[NHK名曲アルバム 名曲こぼれ話]。
(中略)
なお、メインテーマ曲RHYTHM AND POLICE(日本音楽著作権協会(JASRAC)作品コード049-0585-7)の原曲である、メキシコの作曲家ロレンソ・バルセラータ(Lorenzo Barcelata Castro)(1889 - 1943)が作曲作詞した『エル・カスカベル』(El Cascabel;日本音楽著作権協会(JASRAC)作品コード0K3-4404-1)は、すでに著作者であるロレンソ・バルセラータの死後50年が経過しているため、1994年の時点で、日本国内における『エル・カスカベル』の著作権は消滅している。
また1998年、2003年には同ドラマの劇場版にも参加。どちらも日本アカデミー賞優秀音楽賞を受賞している。

どうやら公式にパクリを認めたらしいが(^^;)著作権問題に関しては期限切れと「うまいことネタを発掘した」典型であったということらしい(爆)いや〜商売がうまいねぇ(^^;)

佐野さんも見習ってみたら?(^^;)


<8月21日夜追記>
エントリ更新翌日に結構良いネタが出てきたので追記しておく(^^;)

【五輪】 スペイン在住の日本人デザイナーが考案した扇モチーフのエンブレムが大好評:痛いニュース
扇

良いねぇ。

デザイナーが1時間で作った「ぼくのかんがえた東京五輪エンブレム」がステキだと話題に:ねとらぼ
1hロゴ

これも良いねぇ。

セブンイレブン佐野エンブレムパクり警告受ける:ぶる速-VIP
ポップ

セブン-イレブン最高!(爆)

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当ブログの目次(管理人のオススメ一覧)です。かなり古い時事問題に関する記事もありますが、当時を思い出してご覧いただけると幸いです。



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