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帝国の功罪(10)【ていこくのこうざい(じゅう)】

職業売春婦と慰安婦

前回は、歴史的に貧困が人身売買と売春の最大原因足りえることを再確認したわけだが、ひとつの数値を思い出していただきたい。

大正末期の無名の娼妓の手記と近代公娼制度について:Kousyoublog
「東京の下層社会」によると、大正末期から昭和初期の全国の公娼数は約五万人、それと別に酌婦と呼ばれる料理店で客に酒を注ぐ女性たちが十一万人おり、その酌婦のうちおよそ七万人は売春に関係があると推測され、さらに私娼やカフェーの女給のうち売春に従事していると思われる者などを含めて十万人、計十五万人が売春に関っていたとみられている。これは芸妓を省いた数で、実際はこれより多いと思われている。当時の女性人口は三千万人で十五歳から三十五歳の女性人口約千百四十万人なので、控えめに見積もっても女性の七十六人に一人が売春に従事していたことになる、という。

売女-ボルト古来より日本人はあまり処女性にこだわっていなかった一つの証拠でもあるのだが、近代になってからは一つのステイタスとしての処女性・貞操観念が美徳とされた時期があった。基本的に今もそれは変わってはいないはずだが、売春の代替?または性的欲求に訴える娯楽としてストリップショーやブルーフィルム・ポルノ映画を経て、今やAV(アダルトビデオ)は、モザイク処理などの加工を加える事で市民権を得て、堂々たる日本の一つの娯楽産業となってしまっている。
私も若い頃から少なからずお世話になっているし、死ぬまでにはやはり何度かお世話になるだろう(爆)

<画像元:ヘ短調作品34 「売女」ボルト>

映像として性行為を見せて収入を得る点では、直接的ではないにせよ幾人かの男優を相手に性行為を行うわけだから不特定多数を相手にした間接的売春と言えなくもないし、もっと直接的に客と接する風俗営業の従事者は、売春と見られる営業行為をすることはある意味避けられないだろう。

AV女優:wiki
AV女優(エーブイじょゆう)は、日本のアダルトビデオ(AV。内容はポルノビデオ)に出演する専門の女優である。非アダルト系メディア出演時にはセクシー女優と言い換えられることがある。
紗倉まな+上原亜衣
※左:紗倉まな、右:上原亜衣

現代のように多様な仕事を選べる時代において女性たちは健全な選択を行っているか・・・というわけではないが、巷にあふれるAV女優たちの映像やグラビアを見る限り、その数がどれくらいなのかが気になって検索してみた。

AVコーナーのれん
アダルト統計!68人に1人がAV女優・風俗・デリヘル・キャバ嬢をやっている!?:たにちゃんねる

●AV女優の人数
『週刊ポスト』(2011年12月23日号)で語られたアダルトビデオメーカーの社員によれば、「国内でのAV制作本数は、ネット配信や裏ビデオまで含めると、年間約3万5000本といわれています。

<画像元:ワロタニッキ>

単純計算しても1日100本がリリースされている。新人AV嬢も年間2000〜3000人は確実にデビューしており、業界ではAV経験者はすでに15万人を突破したといわれています。」ということだ。
ちなみに、この15万人っていう数字がどれだけ衝撃的なのか、その数字本位だけでは、実感出来ないだろうが、日本における19歳から55歳の女性の数は約3000万人ということから、その割合を割り出すと…
日本人女性の200人に1人はAV嬢。これはもう、私たちの業界では当たり前のようにいわれている“常識”です」ということだ。

●キャバ嬢・風俗嬢・デリヘル等の「夜の仕事」の人数
WebサイトBLOGSにおける『セックスワーク・サミット2012・風俗嬢の『社会復帰』は可能か? ―― 風俗嬢の『社会復帰支援』の可能性を考える』によると、「お店の数と平均在籍人数からざっくり計算した数字となりますが、夜の世界で働いている女性は最低でも29万人以上」という。
AV嬢のちょうど倍ぐらいになっている。ということは…
夜の世界で働いている女性、103人に1人 
(BLOGOSの29万人と言う数値に対して18歳から55歳の女性人口3000万人で割った場合)

20歳から40歳手前までと設定した場合、100人中2人となる。つまり、50人に1人の女性が夜の仕事をやっている想定になる。

●ということで、AV女優や夜の仕事のいずれかをやったことがある女性の割合は、なんと…

AV比率

68人に1人って…
これは全国で分配した平均値だから、東京、横浜、千葉などの関東圏、大阪、名古屋、仙台、福岡などの都心部になると、より割合がぐっと高くなってくるということになるから、恐ろしい。

少々乱暴な数値にも思えるのは私の認識が甘いだけなのか?実際には風俗産業に身を投じる女性はAV女優率は低くないと思うし、AV女優からストリップダンサーや風俗に転身していく女性も珍しくなく聞こえてくる。AVも風俗もこなす複合的に係る女性も居るだろう。つまり延べ人数としての数値なら実数はもう少し低い比率になってもおかしくないと思うのだが・・・・。男どものよく話題になるのは「あの元アイドルがAV初出演!」(^^;)というくらい、芸能界がAV予備軍化しつつあるようにも感じる今、この数字(比率)はどう考えればいいのだろうか?

もっとシビアに計算している人もいる(^^;)

[雑感]AV女優はなんにんいるのか?:にゃんこ先生の学習帳
すなわち、日本にAV女優は毎年1.2万人誕生する。
好奇心からちょっと出てみた素人や風俗からスカウトされたバイト感覚者が1万人。
それとは別にプロとして単体を張れるのは2000人。
そのうちA級アイドルと言えるのは200人。全体の1〜2%である。
(中略)
それにしてもこれは単年度女優のべき数なので、単味の女優数を考えるにはプロ女優を平均活動年数2年でわらなければならない。
すると答えは1.1万人、つまり約1万人となる。(現役プロだと100人?)
(中略)
ついでに考えると1回きりもふくめAV経験者は、AVが普及した90年代以降20年で概算しても、
プロ・・・2000人×0.5×20=2万人
アマ・・・10000人×20=20万人
22万人になる。
 
日本女子6000万人の0.4%である。
70年うまれ以降人口だと0.8%だ。
意外と多くね?
だって1000人クラスの中規模共学高校なら毎年4人はAVデビューしている計算だよ。
これを広義の風俗30万人に拡大すればもっとすごい。
こちらは勤続年数が長いだろうから毎年のデビュー数は6万人と推定したとして、経験者は120万人。70年生まれ以降だと4%だ。
あわせて5%。
つまり日本人女性の5%はAVを含めた風俗で働いた経験があるということ。
これを多いと見るか、少ないと見るか・・・`s(-・-;) エートォ...
 
追記)
ところで1936年時点
(※管理人注:昭和11年)の日本では、総人口8000万人に対して70万人の風俗嬢がいたことが226事件の遠因になった。(若い女性比率5%)
現代では総人口12000万人に対して30万人の風俗嬢。(同2.5%)
まあ、セックスを売る女性は平均2〜5%。その結果5〜10%の風俗経験者がいるというのが人類の定常状態なのかもね。

リンク先にはいろんな統計表からデータを抽出し、試算を試みているにゃんこ先生の涙ぐましい努力がある(^^;)

しかし、ちょっと待った!

5〜10%ということは、若い女性(18歳〜20代+アラサー+α)の
20〜10人に一人がAV・風俗経験者ということになってしまう。

前回のエントリでは、職業選択の自由がないために仕方なく売春婦になった者が少なくなかったことを書いた。現代のように職業の選択肢の多い時代において、その時代以上の経験者率とは、それが事実ならなんともショックである。

慰安婦求人広告ただ考えられるのは、現代の経験者は「若気の至り」の一つで一過性で常態化しない者の方が多く、戦前の売春婦たちはその逆で、常態化するしかなく、そこから脱する方法が奪われていたということだ。

売春婦(慰安婦)を集める際の強制性については、売春婦の募集広告をよく見かけるが、これなどは「職業」として売春婦が成り立っていた時代の証明だし、好条件での勧誘は(それが事実でない場合も多かったとは思うが)それで人が集まったことを意味する・・・と考えていいだろう。

<画像元:wikipedia「慰安婦」朝鮮総督府機関紙<毎日新報>広告(1944年10月27日付)>

要は借金をカタに女性たちにこういう職業を選ばせたり、女衒のような人買いたちがこの広告に乗って女性を売ったり、あるいは騙して連れてきた可能性は否定出来ない。


古い対談や手記などには、その当時の回想で「戦時(戦地)売春婦」の管理に関わった話などが載っている場合がある。


産経新聞社長と中曽根元首相が慰安所づくり自慢「女の耐久度、どこの女がいい悪い、3千人のための慰安所」(井上伸):Yahoo!ニュース
鹿内
出版当時の肩書きは、鹿内信隆(しかないのぶたか)氏が、サンケイ新聞社社長・フジサンケイグループ会議議長・ニッポン放送取締役相談役・フジテレビ取締役相談役・「彫刻の森美術館」館長で、櫻田武氏は日経連名誉会長・政府の財政制度審議会会長・国鉄諮問委員会委員長とあります。

鹿内 (前略)軍隊でなけりゃありえないことだろうけど、戦地に行きますとピー屋が……。
桜田 そう、慰安所の開設。
鹿内 そうなんです。そのときに調弁する女の耐久度とか消耗度、それにどこの女がいいとか悪いとか、それからムシロをくぐってから出て来るまでの“持ち時間”が将校は何分、下士官は何分、兵は何分……といったことまで決めなければならない(笑)。料金にも等級をつける。こんなことを規定しているのが「ピー屋設置要綱」というんで、これも経理学校で教わった。この間も、経理学校の仲間が集まって、こんな思い出話をやったことがあるんです。

【鹿内信隆・櫻田武著『いま明かす戦後秘史 上巻』(サンケイ出版、1983年11月30日発行)40〜41ページより】
陸軍経理学校において、「慰安所の開設」のノウハウを事細かく教え込まれていたことを、「産経新聞社社長」が証言しているのです。

中曽根上の画像は、松浦敬紀著『終りなき海軍』(文化放送開発センター出版部、1978年6月15日発行)の90ページと98ページの画像です。ここでは、中曽根康弘元首相が戦時中に23歳で3千人の総指揮官だったことを自慢した上で、その3千人の大部隊のために、「私は苦心して、慰安所をつくってやった」と証言しているのです。

この記事自体は産経新聞の朝日新聞攻撃(^^;)に対する批判が主旨なので割とさらっと書かれているが、「朝日新聞の豹変や捏造をお前が批判できるのか」と、なんと産経グループの社長を引っ張り出し、中曽根元首相まで引き合いに出して、産経の「不都合に目をつぶる姿勢を批判」し、日本軍と慰安婦の関連性を指摘している。それにしても「耐久度」「消耗度」とはまるでモノ扱いである。当時の男女差別に加えて民族差別の意識が伺える話だ。

中曽根元首相が「土人女を集め慰安所開設」! 防衛省に戦時記録が:リテラ
 まず、“手記”の話からいこう。中曽根が慰安所設立の事実を書いたのは『終りなき海軍』(松浦敬紀・編/文化放送開発センター/1978)。同書は戦中海軍に所属し、戦後各界で活躍した成功者たちが思い出話を語った本だが、その中で、海軍主計士官だった中曽根も文章を寄稿していた。
 タイトルは「二十三歳で三千人の総指揮官」。当時、インドネシアの設営部隊の主計長だった中曽根が、荒ぶる部下たちを引き連れながら、いかに人心掌握し戦場を乗り切ったかという自慢話だが、その中にこんな一文があったのだ。
「三千人からの大部隊だ。やがて、原住民の女を襲うものやバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある。かれらは、ちょうど、たらいのなかにひしめくイモであった。卑屈なところもあるし、ずるい面もあった。そして、私自身、そのイモの一つとして、ゴシゴシともまれてきたのである」

リテラはガチガチの左翼系メディアサイトなので(^^;)鬼の首を取ったように「軍の関与」を指摘し、強制連行を糾弾している。確かに軍の設営記録その他に、設置記録はあるものの、強制連行を匂わす資料は存在していない。ただ、通常募集して慰安婦が集まらなかった場合、朝鮮半島で行われたような「詐欺的手法」で女性を集めた可能性は否定出来ないし、一部ではそれを裏付ける証言をする者も居る。

インドネシアといえば白馬事件のように実際に戦争犯罪として日本軍自ら強制連行・強制売春を強要した事実を断罪された例もある。

白馬事件:wiki
白馬事件(しろうまじけん)とは、日本軍占領中のインドネシアで日本軍の軍令を無視した一部の日本軍人がオランダ人女性を監禁・強姦した事件のこと。「白馬」の由来は、白人を白いウマになぞらえていたことから。慰安所の所在地から、別名スマラン事件、オヘルネ事件。
1944年2月、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が、オランダ人女性35人を民間人抑留所からスマランにあった慰安所に強制連行し強制売春させ強姦した容疑で、戦後、国際軍事裁判において(将官や兵站責任者の佐官などの高級将校を含む)当該軍人・軍属(請負業者)たちに有罪が宣告されている。

スマラン事件
<画像元:インドネシア人の本音〜「スマラン事件」−能崎清次中将の証言(インドネシア・テンポ誌「従軍慰安婦」特集号1992年7月25日)>

実際には、この事件以外にも歴史の中で埋没し、白日に晒されないまま存在そのものが抹殺された戦争犯罪もあったことは否めない。しかし、敗者である日本に対し戦後の東京裁判で過剰なまでの糾弾を行った連合国側にして、この白馬事件以上の「顕著」かつ「具体的」な慰安婦関連の犯罪として日本軍(人)が責任を問われたものはないのである。故に、朝鮮半島全域?で行われたとされる20万人規模の強制連行が現実である可能性は、非常に低いと考えられる。

こちらはもう少し後で検証するとして、今は軍にとっての慰安婦の存在意義を明治の時点からもう少し考えてみよう。

慰安婦と称される売春婦たちを見ると、慰安所は兵隊の福利厚生・精神衛生管理の一環として立案し、設置した後は人集めに関わった業者などに任せて時々チェックを行うと言った管理手法が見受けられる。要は慰安事業は、軍に委託を受けて外部事業者にアウトソーシングされていたわけである。それは江戸時代からの女郎宿・遊郭の事業者を利用して容易に実現できたし、公には「醜業」と蔑視される業種でありながら役人の依頼で堂々と商売できる業者側にとっても上客と言えただろう。

本来、軍隊は男を管理する組織であり、当時の日本軍には野戦病院の「従軍看護婦」はいても、他に女っ気といえば雑用や炊飯をこなす宿舎泊まり込みの用務員としての中高年の女性がいたくらいだろう。慰安所における「女の管理」はそもそも想定外・任務外のはずである。人数調整などの注文をつけたり衛生管理を指導したり「関与と言えば関与になる」関わりは持っていただろうが、本来そこで収益を上げるのが軍の目的ではない以上、全てを軍が取り仕切ったように考えるのは少し不自然である。

また、日本の近代化に際しては世界の影響を受けた以上、近代軍隊の維持管理のノウハウもまた輸入されていて不思議ではあるまい。

慰安婦〜公娼制(管理売春)と慰安婦・慰安所:wiki
国家による管理売春を公娼制度といい、慰安婦・慰安所も公娼制の一種として研究されている。日本軍慰安婦制度は公娼制の延長にあるが、その「公娼制自体が性奴隷制である」と主張されることがある。
(中略)

性病対策としての近代公娼制
近代公娼制は、性病対策と軍隊慰安によって設置され、フランスで確立し、その後ヨーロッパ、アメリカ合衆国や日本にも導入された。ナポレオン軍陸軍大臣ラザール・カルノーは娘子軍と男性兵士における風紀の退廃と性病の蔓延について悩んだとされる。1802年、フランスで警察による公娼登録が開始された。1828年にはフランス風紀局衛生課が設置され、検診で性病の見つかった娼婦は病院に送られ、治療後、売春業の許可がおりるという体制になった。18世紀末に梅毒が流行し、ナポレオン戦争による大規模の人の移動のため性病がヨーロッパ中にひろがったが、同時に医学研究もすすんだ。プロシアでは一旦廃止されたあと1851年に性病予防のために公娼制度が軍によって再開され、風紀警察が特別に設置された。イギリスはクリミア戦争の際の性病問題に対してイギリス軍の提案で1864年から1869年にかけての伝染病(性病)法によって公娼制度が導入され、警察が娼婦とみなした女性を逮捕し、検診を強制できるようになり、性病に感染していない場合は娼婦(公娼)として正式に登録された。1873年、ウィーン国際医療会議で売春統制を各国共通にするための国際法が提案された。

日本の公娼制は年季奉公の一形態として発展し、徳川幕府に認可された遊郭が形成されていた。明治維新後の1873年(明治6年)に公娼取締規則、1900年には娼妓取締規則が制定され、娼妓の年齢を18歳以上とし(従来は15〜16歳),住居や外出に制限を加えた。翌年の1901年に軍医の菊池蘇太郎も、公娼制度の目的は性病(花柳病)予防と風俗頽壊防止を目的としていたと記している。
(中略)

植民地公娼制
1870年代になってジョセフィン・バトラーらの売春婦救済運動(廃娼運動)が盛んになり、19世紀末のイギリスやアメリカ合衆国では本国では公娼制が廃止される。しかし、植民地においては存在し続けた(秦郁彦、ヒックス、藤目ゆき)。イギリスは1921年の婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約に調印しながらも植民地での公娼制は維持された。アメリカ合衆国もフィリピンなどでは、米軍基地目当ての売春宿や性病検診と登録制は1990年代になっても廃止されなかった。秦郁彦は、第二次世界大戦当時の英米では兵士の慰安婦は公娼から私娼中心になっていたが、戦地の現地人娼婦以外では女性兵士や看護婦が代替したと指摘している。
植民地の公娼制について藤目ゆきは「植民地においてこそ、帝国主義軍隊の維持がより重大であり、だからこそ公娼制の温存は植民地において本国より重視された」と指摘したうえで、娼家の供給は「貧しい親に売られるのも、だまされて売春を強要されるのも、前借金に縛られ逃げられない状態に置かれたのも、日本人の娼婦に限ったことではない」と指摘している。

wikiの「慰安婦」の項目をすべて読むと、さすがにうんざりするくらいに世界各国の軍人による支配地域の婦女に対する強姦・陵辱のオンパレードだ。

第二次世界大戦時、ヨーロッパでは戦勝国軍による敗戦国の婦女を襲うのは当たり前、アメリカ軍は連合国同盟軍のはずのフランス女性をパリ奪還後に襲いまくり、ロシアに至っては「戦利品」扱いをするなど少々吐き気をもよおすほどである。(3 戦時性暴力と戦地性政策4 各国の軍用売春を参照)

しかし一部の左翼馬鹿などは、「第2次大戦中「慰安婦」制度があったのは日本とナチスドイツだけ-侵略軍と「慰安婦」制度との密接な関係」とまで書くのだが、wikiの項目の「3 戦時性暴力と戦地性政策」「4 各国の軍用売春」を読めば、所詮建前論でしか無く、それ(慰安婦)を公的に持たなかった連合軍がどれだけの性犯罪を繰り返したかを隠蔽した論陣であることがわかる。

後年こうした軍用慰安施設の設置は、強姦・性病蔓延の防止には効果が無いとも言われるがその両方を問題視して積極的な対策を施したことが批判されるのであれば、実験的に行うすべての政策・対策は全て否定されてしかるべきだろう。

慰安婦〜第一次世界大戦時の性暴力と性政策:wiki
第一次世界大戦開戦直後にはドイツ兵によるフランス人女性への強姦が発生し、妊娠した女性の堕胎を認めるべきか論争が起こった。また、第一次世界大戦敗戦後のドイツではライン河左岸を占領した連合軍兵士のなかにモロッコ、チュニジア、アルジェリア、マダガスカル、セネガルなどの植民地兵がおり、1920年代にはアフリカ系兵士によるドイツ人女性の強姦が問題とされた。
(中略)
第一次世界大戦時の米軍ではアメリカン・プランが推進された。アメリカン・プランとは、米軍の兵営5マイル以内では、どんな女性でも逮捕でき、その女性の市民権を停止することができる軍隊保護法であった。市民権を奪われたあと女性に性病感染が発見されると、強制収容され、終戦までに1万5520人の女性が逮捕収監された。この保護法は性病から兵士を保護する目的であり、逮捕収監は合法であったため、兵士で処罰されたものはいない。

アメリカ・プランなど、(冤罪である)日本軍が行ったとされる強制連行より悪質に感じるのは私だけだろうか?

慰安婦〜第二次世界大戦当時の戦地性政策の三類型:wiki
秦郁彦によれば、第二次世界大戦当時の戦地での性政策には大別して自由恋愛型(私娼中心。イギリス軍、米軍)、慰安所型(日本、ドイツ、フランス)、レイプ型(ソ連、朝鮮)の3つの類型があった。
自由恋愛型とは英米軍が該当し、私娼中心で公娼制度を公認しないもので、その理由は世論とくに女性からの批判によって公娼制を公認できなかったためとされる。その代わり、現地の娼婦の利用を黙認したが、性病が蔓延したともいわれる。(バトラーらのフェミニズムによる批判や廃娼運動については前述#近代公娼制を参照)。植民地においては慰安所が存在し、また英米軍が占領後に日本軍慰安所を居抜きで使用した場合もある。アメリカ軍もフィリピンなどの植民地慰安所をのぞくと慰安所を設置しなかったが、ノルマンディーに上陸したアメリカ軍が多数のフランス女性をレイプし、性行を行っている姿を見ないで街を歩くことが出来ないほどの状態になったためル・アーヴルでは市長が郊外に慰安所の設置をアメリカ軍指揮官に懇願したがアメリカ軍はこれを拒否している。

パリ解放
<画像元:独破戦線〜パリ解放 1944-49>※パリ解放後、ドイツ軍に協力した女性を拘束し、丸刈りにして市中で晒しものにする行為が行われた。

「解放者」米兵、ノルマンディー住民にとっては「女性に飢えた荒くれ者」:AFP通信
 ロバーツ教授は、当時の米兵が勇気ある青年たちであり、その勇敢で英雄的な行為がフランスから感謝されている事実についても忘れずに触れている。一方で、米軍が未知の国で戦う若者たちを鼓舞する即効策として、意図的に米兵たちの性欲に訴えかけるプロパガンダを行ったとみられる点も指摘している。

 例えば、写真ジャーナリズムの草分けである米誌「ライフ(Life)」は、フランスを「快楽主義者4000万人が住む巨大な売春宿」と表現した。また、米軍機関紙「星条旗新聞(Stars and Stripes)」は、フランス女性を口説くためのフランス語フレーズを連載。「きみ、とても可愛いね」「たばこをあげようか」「ご両親は今、家にいるの?」といった会話の糸口を紹介していた。


 ロバーツ教授は「米兵の性欲は、いったん火が付くと手が付けられなかった」と記している。

 さらにロバーツ教授の著書は、当時レイプ事件で訴えられた米兵は、黒人兵士が圧倒的に多かった事実にも踏み込んでいる。1944年10月の資料によれば、米兵が絡んだ強姦事件152件のうち130件で黒人兵が訴えられている。これについてロバーツ教授は、米軍内の根深い差別を示していると指摘した。フランス人も、すぐに黒人米兵を指さして非難するようになったという。

戦争を早期集結させ戦死者を減らす効果があると称し、ヒロシマ・ナガサキに原爆を投下したアメリカの正義。ヨーロッパをナチスから開放するためと称し、フランス女性を性的犠牲に供したアメリカの正義。そんなアメリカに主導された「戦勝国連合軍の正義」とやらを少なくとも私は全面的に認める気はないのだが、この世にはそれを「軍国主義からの開放」として有難がって手放そうとしない人々が多い。確かに日本は狂信的な軍国主義からは開放されたが、欧米列強戦勝国連合の「帝国主義的支配」に組み込まれたということでしかあるまい。現在は当時の「帝国主義」こそ廃れたものの、各国の利害によってのみ国際関係は混乱し戦乱が絶えないのは何も変わってはいない。

いやむしろ、戦勝国連合のばら撒く「偽善」「欺瞞」こそが、この世の戦争の災禍を増幅しているようにも思えるのだが、ひょっとしたらアメリカ大陸各地に設置されている「慰安婦少女像」は、この時のアメリカ兵の非人道的行為への負い目があるために拒否しづらい心理的状況があるのだろうか?(^^;)

お前らにそんなヤワなメンタリティなんてあったのかい?アメ公よ(爆)

いずれにしても近代国家と称される帝国主義に代表される国体を持った国家とそれによる支配を受けた時代は、女性はどこも等しく弱く「性犯罪・性的被害」の対象になりやすかったと言う事だろう。

それが現在の倫理観や価値観から見た場合、どれほどおぞましく否定したいことであっても当時としては日常の「ありがちな」社会悪であり、人道主義的に将来克服すべき目標ではあっても、この時代では遥かに遠い道のりであったことは間違いない。それは明治〜大正時代の女流詩人与謝野晶子の言葉としても残っている。

与謝野晶子は売春地帯を廃止せよと叫んだが現実に敗北した:ブラックアジア
「一婦を守らずに娼婦に戯れることは男の理性の不明、意志の弛緩として男みずから恥ずべきことであるのみならず、その妻の愛と貞操を凌辱するものであり、子孫の徳性と健康とを破壊するものである」

ところが興味深いことに、与謝野晶子はなかなか男の性質を知っている。男とは「一婦との接触に甘心しておられないような性欲の過剰がある」と述べており、現実はどうなのかをこのように吐露している。

「廃娼説を実行に移そうとすると、娼婦の発生するいろいろの原因から先ず絶滅して掛らねばならないことに何人も気がつく。そうしてそれらの原因が現在の文明程度において一朝一夕に絶滅し得られるものでないことを実証的に知る時は、何人も甚だ遺憾ながら娼婦の存在を或程度まで寛仮せねばならないことに一致する」

彼女の言いたいことを分かりやすく言えばこういうことだ。

(1)売春は堕落しており、社会の悪だ。廃止すべき。
(2)でも、男の性欲は非常に激しい。
(3)売春を廃止するというのは現実には難しい。
(4)残念ながら、ある程度は認めないといけないかも。
(5)でも、それは男が悪い。

人類が知恵を獲得し、文明と呼ばれる社会生活を営むと同時に生まれたと言われる犯罪がある。殺人・窃盗であり、貨幣経済が発生した時から実質的に醜業と呼ばれた淫売や賭博が定着した。売春婦や慰安婦が悪いというのは簡単だが、人類の背負ってきたその大きな歴史。言い換えれば「男という種を保存する性の持つ業(ごう)」によって人類という種族の営みは、その「ある種破滅的な発展」を継続してきたと言えるのかもしれない。

それを踏まえた上で、次回は日本(軍)の慰安婦たちを更に掘り下げてみようと思う。

<関連記事>
●第一期
帝国の功罪(1)【ていこくのこうざい(いち)】大日本帝国の成立と発展
帝国の功罪(2)【ていこくのこうざい(に)】明治維新初期の産業と貿易
帝国の功罪(3)【ていこくのこうざい(さん)】江戸〜明治時代の教育レベル
帝国の功罪(4)【ていこくのこうざい(よん)】国民病「脚気」と「結核」
帝国の功罪(5)【ていこくのこうざい(ご)】北海道の光と影〜先住民族アイヌ
帝国の功罪(6)【ていこくのこうざい(ろく)】北海道開拓使の時代
帝国の功罪(7)【ていこくのこうざい(なな)】沖縄県民の歴史と感情
帝国の功罪(8)【ていこくのこうざい(はち)】廃仏毀釈と士族の冷遇
帝国の功罪(9)【ていこくのこうざい(きゅう)】売春婦と人身売買
帝国の功罪(10)【ていこくのこうざい(じゅう)】職業売春婦と慰安婦
帝国の功罪(11)【ていこくのこうざい(じゅういち)】日本軍の慰安所と慰安婦

●第二期
帝国の功罪(12)【ていこくのこうざい(じゅうに)】明治維新以前のアジア情勢と日本の安全保障
帝国の功罪(13)【ていこくのこうざい(じゅうさん)】明治維新の黒幕たち
帝国の功罪(14)【ていこくのこうざい(じゅうよん)】明治新政府の統治能力と藩閥
帝国の功罪(15)【ていこくのこうざい(じゅうご)】大日本帝国憲法と帝国議会の構成
帝国の功罪(16)【ていこくのこうざい(じゅうろく)】大日本帝国憲法の本性
帝国の功罪(17)【ていこくのこうざい(じゅうなな)】「天皇」の冤罪
帝国の功罪(18)【ていこくのこうざい(じゅうはち)】日本軍の黎明
帝国の功罪(19)【ていこくのこうざい(じゅうきゅう)】日本海軍と軍内部の抗争

●第三期
帝国の功罪(20)【ていこくのこうざい(にじゅう)】明治時代に勃興した財閥と軍事産業
帝国の功罪(21)【ていこくのこうざい(にじゅういち)】侵略という思想

JUGEMテーマ:歴史
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