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焼心【しょうしん】

月に一度だけの完全休養日の今日、チベットの現状を伝えるドキュメンタリー映画「ルンタ」を見に京都シネマまで出かけてきた。



中華人民共和国の侵略により人権を著しく制限され、宗教や民族固有の文化まで否定されようとしているチベット族。デモや抗議行動もなかったわけではないが、彼らの抵抗派の多くは「対中国テロ」ではなく抗議の焼身自殺を遂げている。

それはチベット仏教の教えである、「因縁」〜今起こることは自らが抱えた業(カルマ)によるものだから他を恨んではならない。敵を作り攻撃してはならないと言うものがあるからだ。インドのガンジーが唱えた「非暴力不服従」の闘争を今なお続けているというわけで、そこには中国の利己的個人主義の対極の利他的慈愛主義が根底にある。

映画「ルンタ」公式サイト
ルンタ


この映画のメインビジュアルとなっている「少年僧が見上げる壁」に貼られているのは、過去に抗議の焼身自殺を遂げたチベット仏教の僧侶・尼僧たちの遺影である。

 キャプション 
<画像元:SAFETY JAPAN>※画像クリックで拡大

ダライ・ラマ14世の説法が映画中で流れるが、ここで語られる慈悲の心や争うよりは和を尊ぶ精神文化は、日本人のメンタリティに通じるものがある。古代より血で血を洗う戦乱とその後の平和な絶対君主制が続いた中国とは決定的に異なる思想である。

中国も本来は日本に至る小乗仏教の伝承ルートにあり「仏教国」であったはずなのだが、中華民国がチベット族(チベット文化圏)の内で「西藏」地方をチベット(国家)として事実上認めた時期を経て、中華人民共和国となった時ウイグルやチベットに相次いで侵攻、宗教や文化の違う民族を無理やり中国文化圏に閉じ込めた。

資本主義である国民党勢力の掃討の意図もあっただろうし、ソビエトの支援による共産主義勢力の拡大も主たる動機の一つであったろう。

チベットの歴史〜中華人民共和国のチベット侵攻:wiki
1951年に中国軍はチベット全土を制圧。ンガプー・ンガワン・ジクメに率いられるチベット当局代表はダライラマの許可を得て、中国政府との北京での交渉に参加し、十七か条協定が結ばれ、チベットを覆う中国の主権が明言された。この合意は数ヵ月後、ラサで批准された。この後、チベット政府は自治の枠組みを保とうと努力を続けたが、人民解放軍がチベットに駐留したことでチベットは中華人民共和国の支配下に入ることになった。
中国共産党政府によるチベット併合後、チベット人による抵抗運動はことごとく弾圧され、多数の市民が大量虐殺の対象となった。1952年-1958年における「カンロ地区」(中国の区分で甘粛省甘南州)において10,000人が犠牲になった(カンロの虐殺)。
中国政府は、チベット併合後、一貫して、独立運動・亡命政府を「分離主義」として非難し、侵攻や併合および虐殺その他を正当化している。




そしてもう一つ。冷戦構造や中ソ対立、中露融和から新冷戦構造、核安全保障と中央アジア周辺の鉱物資源開発など様々な要素も加わって今やチベットは中共から切り離せなくなっている。

毛沢東、チベット侵略の隠された理由:日の本
WiLL2008年6月号
毛沢東、チベット侵略の隠された理由
宇都宮 慧 中国研究家  

チベットの仏僧が殴打され、拉致される映像を見ていると、チベット人の余りに不幸な運命に同情を禁じ得ない。そして、残虐な行為を繰り返す漢民族に対し深い怒りを覚える。
チベット人は、チベット密教、そして、ダライ・ラマ法王に帰依し、平和を愛し、武力を持たなかった。
一方、漢民族は、王朝が変わるたびに、旧王朝と血の繋がりを持つ者のほとんどが虐殺されるという歴史を持つ、極めて残虐な民族である。その漢民族が、今再び、チベット人に容赦なく襲いかかっている。
仏教の戒律を重んじ、祈りと共に平和な日々を送っていた人々に対し、漢民族は一体、何をしたのか。
だが、私の怒りは、漢民族だけに向けられるものではない。これまでチベットに救いの手を差し伸べて来なかった国際社会にも向いている。その最も大きな怒りの矛先は日本である。仏教徒が多い日本こそが、チベット仏僧の深い悲しみと怒りを最も共有出来る国なのである。だが、日本はこれまで何もしてこなかった。

(中略)
チベットでは鉱物資源もまだ発見されておらず、「農作物が収穫出来ず、資源もない不毛の地を、毛沢東はなぜ狙うのか」と誰しも不思議がった。その理由は後述するが、ともかく1950年、毛沢東の指示により、約84000人の人民解放軍がチベットに侵攻したのである。
毛沢東は若い頃から、欧米日列強によるアジアの殖民支配の様子、戦争が終わって各国の国境が確定され、やがてアジア諸国から民族自決の機運が高まり独立運動へと発展する様子を、じっと見ていた。
そのため、チベットを手に入れるには今しかないと思い至ったに違いない。
国際社会が朝鮮戦争(1950〜53年)に目を奪われている間に、中国の国境が確定する前にと考えたのだろう。
毛沢東にとって、チベット侵略の理由などどうでもよかったのだ。その実、チベット侵略の“大義名分”は、途中で「帝国主義者からのチベットの解放」から「封建的農奴からのチベット人民の解放」へと変化している。

(中略)
毛沢東は、なぜ国際法を無視し、国際社会が知らぬ間に、約120万人の大量虐殺を行ってまで、地下資源もなく、大した農産物も収穫できないチベットを手に入れたかったのだろうか。
それは、長らくチベット人だけではく国際社会でも最大の謎であった。だが、1960年代に入り、その疑問が明らかとなった。
毛沢東は、1964年の核実験成功後、チベットに、インドとロシアを狙う5基の核ミサイル基地を建設。
さらに大陸間弾道弾(ICBM)8基を配備し、軍事レーダー基地17ヵ所、軍用飛行場14ヵ所が作られた。
恐るべきことに核実験をチベットで行い、核廃棄物もチベットに捨てている。チベットは、一大核軍事要塞基地となったのである。
中国とチベットを結ぶ幹線道路は、軍事道路でもあった。
毛沢東は、核戦争による第三次世界大戦を予想しており、いまでも中国各地に多くの核シェルターが存在する。核戦争になったとき、相手の核に狙われるのは、当然核ミサイル基地である。
そのため、核ミサイル基地をチベットに配置したのである。
毛沢東がなんとしてもチベットを手に入れたかった理由がお分かりいただけただろう。
核戦争が起きれば、中国でも数千万単位の死者が出る。毛沢東にとって、漢民族を核攻撃から守るためには、チベット人120万人の犠牲など、些細な問題でしかなかったのだ。

リスクの高い核施設を漢民族が多い「本土」以外の地に置くためにチベットが必要だったということだが、これは日本に原爆が落とされた時点から、将来「核戦略」が重要な意味を持つことを察知し、なおかつ「核物質」の扱いに非常に神経をとがらして北京からできるだけ遠い地域での展開を考えたのが本当の目的だという説は中々興味深い。

少数民族の弾圧:賢者の説得力
チベット弾圧
●中国がチベットに行ってきた弾圧の凄まじさは筆舌に尽くしがたい。生爪をはがしたり、逆さ吊りにして鞭打つなど珍しくもない。凄惨な拷問と弾圧で、これまでに120万人が殺害されたと報告されている。
加えて凄まじい移住政策がある。人口600万人の国に、現在まで720万人の漢民族が入った。しかもそこには少なくとも50万人の軍人が含まれる。

●チベットには今でも労改と呼ばれる強制収容所が多数あり、中国に反抗するチベット人が捕らわれている。逮捕・拘束され拷問を受けているチベット人の数は、その実数さえわからない。(ペマ・ギャルポ氏)《櫻井よしこ 「国売りたもうことなかれ」》

(中略)
ウイグル弾圧
●新疆ウイグル自治区では、伊寧で97年に暴動が起こった際、鎮圧のために軍が機関銃を乱射して約400人が死んだといわれる。同自治区ではこうした弾圧で、半世紀の間に50〜60万人の死者が出ているともいう。それでなくとも農村では、花嫁をカネで売買するとか、女の子が生まれると間引きされるなどの行為が、まだ普通に行われているという。《週刊新潮2006/11/7》

●新疆では、ウィグル族の牧畜民が所有していた牧草地を、農耕や最近まで地上で行われていた核実験に使う ことに対する、抗議行動が続いている。《田辺裕 「世界の地理粥廖

●新疆ウイグル自治区では、大脳未発達の赤ちゃんが数多く生まれ、奇病が流行り、癌の発生率は中国の他の地域に比べ極めて高い。それは核実験の後遺症である可能性が高いが、中国政府の圧力のためにその事実は公にされず、支援を受けられない患者たちは貧困のため薬を買えず、治療を受ける機会さえなく、なす術もなく死を迎えている−。
このような内容のドキュメンタリー「シルクロードの死神」が、98年7,8月イギリスのテレビ局チャンネル4で放送された。同番組はその後、仏・独等の欧州諸国をはじめ、計83ヵ国で放送され、各国に衝撃を与えて、翌年優秀な報道映像作品に贈られる世界的に有名なローリー・ベック賞を獲得した。《水谷尚子 諸君!2007/2月号》

ウランなどの鉱物資源が豊富な中央アジアに属する新疆ウイグル自治区も核実験場に使われるなど、周辺属国への冷遇ぶりは戦慄を覚えるほどだが、これらの非人道的な民族弾圧はググればいくらでも出てくる。

服役者の核施設での労働:ダライ・ラマ法王日本代表部事務所
1960年代、1970年代に、政治犯を含む服役者たちが、中国の基本的な核施設を建設するのに駆り出された。アムド(青海省) にある複数の巨大な強制労働収容所は、必ず核ミサイル用地に隣接している。テルリンカにあるミサイル格納庫の隣には、「テルリンカ・ファーム」と呼ばれる強制労働収容所がある。中国には三つの大規模な強制収容所が存在するが、「テルリンカ・ファーム」はその一つで、収容されている服役者の数は、推定十万人にものぼる。

中央アムドには、大ツァイダムと小ツァイダムにそれぞれ核ミサイル用地があるが、そこにはやはり相当の大きさの強制収容所が存在する。かつて中国で政治犯であったハリー・ウーは、こう証言する。

「アムドにある労働更正施設では、服役者が放射能を帯びた鉱石を採掘させられていた。服役者たちは核実験用地へ強制的に送り込まれ、危険な作業をさせられていた」

甘粛省蘭州にある核施設でも、一般の服役囚、政治囚が労働力として利用されている。アメリカの「インターナショナル・キャンペーン・フォア・チベット」は、1993年、ロプ・ノール、「第9学会」、そして蘭州にある核軍事施設の建設のために、服役囚が働かされていたことを確認している。

チベット亡命政権情報・国際関係省環境開発部(EDD)発行
「グリーンチベット」1998年ニュースレターより

東トルキスタンで行われた核実験について:日本ウイグル協会
中国は1964 年から1996 年まで東トルキスタンのロプノールの核実験場において、延べ46回、総爆発出力22メガトン(広島原爆の約1370 発分)の核爆発実験を行った。1964 年10月16日に20キロトンの地表爆発型の実験を始めて行い、最大の核爆発出力は1976 年11月17日の4メガトンの地表核爆発である。中国の核実験の実態は長い間、不明でした。

ウイグルでの核実験
(中略)
2008 年に札幌医科大学の高田教授がカザフスタンのデータとNEDIPS、RAPSの計算システムにより分析し、100万人以上の死傷者、被曝者がでたと推論した。

核実験の中でも「地表核爆発」は、地表物質(砂礫など)と混合した核分裂生成核種が大量の砂塵となって、周辺および風下へ降下するため、空中核爆発と比べて核災害の範囲が大きくなります。このような危険な実験を、中国政府はウイグル人などの居住区で行ってきた。

実験場から1000キロ離れたカザフスタン、キルギスタンでも人体に影響のある放射線量であると言う。核実験は1996年まで行われてきたが、現在においても東トルキスタンの人々の健康被害と環境被害とは続いていると思われる。

映画の中で案内役を務めているのは建築家の中原一博氏。映画「ルンタ」で流暢なチベット語を操りインド側のチベット族居住地域に住む彼は若い時にダライ・ラマ氏にも会ったり、あまりに過酷なチベット人の現実に驚き支援するために人生を捧げることに決めた。おそらく彼はチベットの核施設のことも知らないはずはないが、さすがにこの現実は「絶望的なまでにチベット解放を阻害する要因」となるため敢えて触れなかったのかもしれない。

それよりも人間としての生き方「チベット仏教の真髄」を学んだ中原氏には彼らに近い戦い方・・・武器を取るのではなく「映像で世界に現実をしらしめる」ことで「未来へ良い因縁の種を植える」事を選択したようにも見える。

チベットNOW@ルンタ
チベットNOW


中原氏のブログだが、これとは別にチベット人支援のサイトも立ち上げている。

ルンタ・プロジェクト
代表:中原一博
1952年、広島県呉市生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。建築家。大学在学中、インド北部ラダック地方のチベット様式建築を研究したことがきっかけになり、インド・ダラムサラのチベット亡命政府より建築設計を依頼される。1985年よりダラムサラ在住。これまでに手掛けた建築は、亡命政府国際関係省、TCV難民学校ホール(1,500人収容)、チベット伝統工芸センターノルブリンカといった代表作のほか、小中学校、寄宿舎、寺、ストゥーパなど多数。

ちなみにこれは映画のパンフレットに書かれていたことで初めて知ったのだが、中原一博氏はシンガー・ソング・ライターの浜田省吾氏と同級生。学生時代にはバンド仲間だったという仲で、浜田省吾氏が設立に協力したJ.S.foundationの協力も得ている。

小林よしのり「ゴーマニズム宣言 見ぬふりされてるチベットでの民族浄化」

上のリンクには小林よしのり「ゴーマニズム宣言 見ぬふりされてるチベットでの民族浄化」の画像が貼られていてその一編を読むことができる。そしてその中の小林よしのりの述懐が私の中である共通要素に結びついた。

小林よしのり2

平和という理想で、ただそれだけで平和を保ち、責められてもただ受け入れ内向的に良い因縁を生む努力を行う・・・。ある種「お花畑平和主義」と同じように見える。憲法九条によって平和が守られていると信じる「九条教」信者たちである。しかしそれでも彼らはチベットの敬虔な仏教徒たちのように「抗議の焼身自殺」を行ったりすることはなく、極めて安易にお気楽に政権批判をするだけである。命がけで抗議行動をするチベット族とは覚悟が違うのだ。

なぜなら日本政府が中国政府のように反政府運動を弾圧することも虐殺することもないからである。まさに「平和的解決を望む日本政府」が九条のように暴力的な弾圧を行わないことに安心しきっているからこそ平気で「安倍を殺せ」とか言えるのだ。

かつて大日本帝国が日中戦争をしていた時、チベットは中立を保ち「抗日戦線」に参加しなかった。後に中共内戦で国民党が台湾に追い出された時、チベットは国民党の外交官を国外追放した。国民党は怒り、共産党も非難した。国民党勢力の掃討を理由に侵攻することができなくなるからだ。後に「外国勢力の侵略からの開放」との理由でチベットに侵攻するが、その大義名分は大東亜戦争時に「西欧列強の植民地支配からアジア諸国を開放する」との大義名分を立てていた大日本帝国のセリフの焼き直しでしか無い。

しかも当時の日本軍でもしなかったレベルの民族弾圧をその後繰り返すに至っては、いま日本に向かって言われている「歴史認識」とやらの捏造ぶり、欺瞞の酷さは開いた口がふさがらない。

チベット族が暴力的反動を戒めているチベット仏教の教えに殉じれば殉じるほど中国はやりたい放題に支配を強める。チベットを知れば知るほどどうしようもない歯がゆさが噴出してくる。日本に住み安全な地で対岸の火事のように眺めている我々だが、これらの事実やもし日本がチベットのように無防備になった時の中国の侵攻を思うと、身を焦がすことはないものの激しい憤りが激情とともにほとばしってくる。

焼身ではなく焼心だ。

そしてふと思うのだ。沖縄は日本におけるチベットなのか?それともチベットになりかねない地域なのか?こちらの場合は九条教と同様に、本州人の「反日工作勢力」が沖縄の県民感情を刺激して最悪の状況にならないことを祈るばかりである。

ただ間違いなく言えることは、沖縄が日本から独立するとき。それは沖縄が太平洋上のチベット・ウイグルになる日であると。それを思うと再び心が焼ける思いの私なのである。

このままではあまりに切ないので、最後に全く違う話を置いておく。中原氏以前にチベットを訪れた日本人の記録が残っているのをご存知だろうか?

河口 慧海:wiki
河口 慧海(かわぐち えかい、1866年2月26日(慶応2年1月12日) - 1945年(昭和20年)2月24日)は、黄檗宗の僧侶。仏教学者にして探検家。幼名を定治郎という。僧名は慧海仁広(えかいじんこう)。
中国や日本に伝承されている漢語に音訳された仏典に疑問をおぼえ、仏陀本来の教えの意味が分かる物を求めて、梵語の原典とチベット語訳の仏典入手を決意。日本人として初めてチベットへの入国を果たした。

彼のチベット旅行記が青空文庫に収録されていて無料で読める。明治時代の日本語なので少々読みにくいが興味深いので私もこれから読んでみようと思う。ネットでの書評はなかなか評判が良いので(^^;)

チベット旅行記 河口慧海:青空文庫

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