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帝国の功罪(13)【ていこくのこうざい(じゅうさん)】

明治維新の黒幕たち

明治維新は西欧列強の日本支配を防ぐために起こった自衛的政変であり内乱でもある。しかし、一方で幕府のような優柔不断な政治体制が永続したほうが西欧列強は侵略の口実が作りやすかったことも事実。

なぜ中国ほか東アジアで行ったような武力支配に出なかったかについて、日本に西欧列強が接触してきた時点で、列強は領土的支配は眼中に無く文化的素養の高い優良な消費者(貿易相手)としての経済的支配へ興味がシフトしていったように思えるのも確かである。

インドや中国、ベトナム地域では領土的支配権をめぐって列強同志が交戦するなど、不毛な戦争も起こっているが、結局のところ「自分たちが血を流す愚」を考え、武士という軍事専門職が多数存在する日本での武力による支配を忌避したというのが妥当ではなかろうか。なぜなら本国から恐ろしく遠く、武力支配するにはリスクの高い日本という国は特段に興味を引く産物も無く費用対効果の点で割が合わない。
ならば西欧列強への危機感を煽って武器を買わせ、内乱を起こして日本国内が疲弊した後にあわよくば武力侵攻して領有すればいい。

そうすれば時間はかかっても効率的に日本の経済資源を奪った上に領土支配も可能になる。武器やその他の産業インフラ機器で西欧依存の形を取れれば、少なくとも経済を牛耳ることは簡単である。

日本金融史9〜イギリスがプロデュースした明治維新〜:金貸しは国家を相手に金を貸す
植民地拡大→世界の覇権争いを繰り広げる列強諸国にとって、日本は極東に残された最後の標的でした。地理的には他国を牽制する要所、すでに近世の成熟した都市が形成され、商工業がある程度発達している日本を開国に導き通商関係を結び、実質支配することが各国共通の狙いだったでしょう。ただ、そこは西洋人が容易に理解できない不思議な国・・・日本でした。
(中略)
アーネスト・サトウらイギリス外交官の諜報活動が、西欧人には難解な日本人の共認風土を理解することを可能にし、思惑通り「日本人の手による政変」を実現しました。
坂本竜馬が薩摩・長州を結びつけて明治維新が実現した、と多くの日本人が信じていますが、イギリスが政変を誘導した事実を隠蔽するために操られたにすぎず、竜馬の新社会構想といわれる『船中八策』は、サトウの『英国策論』の焼き直しに他ならないのです。
この他、江戸城総攻撃を思いとどまらせる西郷隆盛と勝海舟の交渉を円滑に運ぶなど、日本史における重要な局面において、イギリス公使パークスとその部下たちが陰の力となりました。
一方で、“死の商人”グラバーによる武器供給が戊辰戦争勝利をもたらします。
政府外交官と商人の暗躍によりイギリスの日本支配戦略は着々と進行したのです。
彼らが親しく接した薩長の下級武士が明治新政府の首脳となったのは当然の帰結です。
そして、
明治維新後、日本が近代国家を作り上げていくモデルは、当然イギリスでした。その国力が最盛期に達していたイギリスは、政治・経済・社会制度等、あらゆる分野における模範国であり、重要な貿易相手国となったのです。
二院制による議会政治、鉄道(新橋・横浜間を最初に走った機関車はイギリスから直輸入されたもの)、都市における地下鉄、郵便制度(特に赤いポスト)等、今日わが国において当たり前のことのように通用している社会制度や施設の多くは、イギリスに倣ったものです。
結局イギリスが幕末日本の貿易シェアの75%を、明治日本では50%を支配することとなりました。新しい日本海軍・商船団へのイギリスの援助も継続的なものとなっていきます。

グラバー
※グラバー像:長崎グラバー園<画像元:ぶらり重兵衛の歴史探訪>

もちろん列強のそれもイギリスの思惑が全て当たったわけではない。エージェントとして活躍したグラバーは戊辰戦争で幕府の対応を読み誤りグラバー商会を倒産させてしまう(^^;)

明治維新の実像「幕末期に入った国際金融資本の魔手」:日本を守るのに右も左もない
薩摩−長州連合だけでは倒幕は無理です。
より本質的には、「グラバーの商社を仲介した薩摩への武器供給取引が本格的に成立した」という点が重要です。
英国等で生産された銃器弾薬は、マセソン商会の信用を通じて極東に輸出され、これをグラバー商会が買いつけ、薩摩藩に売却します。 この取引の仲介に加わった仲介者が海援隊だったと思います。薩摩藩はたまたま財政状態がよく、特に砂糖の密貿易で設けていたはずです。 当時は砂糖で成り金になれる時代でした。 この金を銃器に代えたわけです。
(中略)
薩摩−長州連合と幕府との本格的な内戦は回避されました。
この直後、グラバー商会は破産しました。
なぜグラバー商会が倒産したのか。
グラバーは、薩摩長州連合と幕府との内戦を予期し、多量の武器弾薬を上海経由で仕入れていました。 武器弾薬の多くは上海の倉庫に貯蔵され、輸出を待っていたはずです。 薩摩藩から武器代金を回収し、これによって仕入れ手形代金を決済する予定でした。
ところが、幕府は早々と降参してしまいました。 グラバーは武器の仕入れ代金を決済することができず、倒産してしまいました。
 
同じころ、幕府側にはパークス公使をはじめとする大陸勢力が接近し、武器供給を申し出ていました。
幕府がこの申し出を本格的に飲んでいれば、大規模内戦になったはずです。
この結果、グラバー商会は大儲けしていたはずです。
もちろん、明治政府は、グラバー商会への支払いと、幕府が降り出した手形の決済とを抱え込むことになったと思われます(国際慣行上は倒幕後の幕府の負債を明治政府が支払う義務は必ずしもないでしょうから、仮定の問題ですが)。
従って、明治政府は、出発時から超多額の外債を背負い込むはめになったはずです。
徳川慶喜は、おそらくこの事情を理解し、内戦を回避したのではないかといわれていますね。 彼は我々の恩人です。

このブログではこの後、イギリスの対日政策(大量の武器購入による内乱誘発の陰謀)を察知して内戦回避に奔走した坂本竜馬暗殺にまで言及しているが、グラバー商会の倒産は別の見方もある。明治新政府に深入りしすぎて(坂本龍馬が察知したように)イギリスの戦略を察知されないためにグラバーを政治的な表舞台から外したとも考えられるのだ。でなければグラバーが日本に対する貿易その他の考え方の違いからイギリスの意向に反抗したために切られたということかもしれない。(グラバー自身は日本国内の炭鉱経営のため残りその後、岩崎弥太郎の三菱財閥の相談役となるなど民間の事業家として功績を残す)なぜなら武器商人だったグラバーがその気であれば明治新政府軍やその後整備される陸軍・海軍などの軍備に関わる事業を継続できたはずである。些細な負債額で倒産させられたのはイギリス政府=マセソン商会(グラバー商会の上部組織)の意図によるものと考えられるのである。

「日本人が知らないニッポン」:THINKER

グラバーは、ロスチャイルド家の系列会社であったマセソン商会の社員として中国の上海に派遣され、その後、日本代理人として長崎に赴任し、グラバー商会を設立します。来日当初は、生糸や茶の卸売をしていましたが、幕末の混乱に着目して薩摩・土佐藩士など倒幕派を相手に、武器や弾薬を売り始めます。 

当時、幕府に敵対していた長州藩は、長崎のグラバーから武器を買うことを幕府から禁じられていました。そこで、龍馬はグラバーから分けてもらった武器を薩摩藩名義で、長州に流すことで両者を和解させることに成功したのです。

実のところ、これは龍馬を使って薩長を結びつけ、その後、両藩を支援して幕府を転覆させるというグラバーの計画でした。
また、それ以前にも敵対していたとされる薩摩藩の五代友厚や長州藩士の伊藤博文など、両者ともに交流のあったグラバーは、彼らにイギリス留学を斡旋し、当地で交流させます。

つまり、龍馬が両者をつなぐ前に海の向こうではグラバーの仲介で、薩摩と長州はすでに結びついていたのです。
薩長連合
(中略)
この幕末から明治維新にかけて、日本の背後では、イギリスが薩長倒幕勢力を通じて南方からの日本支配をもくろんでおり、フランスは幕府を通じて日本の支配をもくろんでいたのです。
またさらにその上には、それぞれ英・ロスチャイルド家と仏・ロスチャイルド家の存在がありました。
ロスチャイルドの関わり
戊辰戦争を振り返って見ると、以上のようになります。

英のロスチャイルド家と仏のロスチャイルド家が二手に別れ、薩長倒幕勢力と江戸幕府の両方を資金と武器で支援します。その後、両者を戦わせて、どちらが勝っても支配権と利益を手に入れます。
さらにこの後、明治政府を作らせた後に今度は、外国と戦わせます。

日露戦争です。
小国の日本が大国ロシアを相手に戦いました。
この戦争は、有色人種が白人相手に勝利した初めての戦争ということもあり、 当時の日本国民はおろか、白人の支配下にあった東南アジアをはじめとする植民地の国々は狂喜乱舞しました。

当時の日本は、この戦争の戦費を調達するために、増税に次ぐ増税を国民に 課しました 。
それでも足りず、ひいては国債まで強制的に国民に買わせる始末で、市町村は係員に一戸一戸、訪問させていたほどです。
(中略)
アメリカでは、ロスチャイルド家と血縁関係のある大銀行家ジェイコブ・シフから500万ポンドの国債を買ってもらいました。
国債を買ってもらうということは、後で利子をつけて返す、つまりお金を借りることと同じです。

同様にイギリスではロスチャイルド支配下の銀行団から500万ポンド、後にロスチャイルド本家からもさらなる融資を受けます。

このように戦費を調達した日本は、ロスチャイルド系列の軍需企業から主力戦艦・三笠(英・ヴィッカーズ社製:当時のお金で88万ポンド)などを購入し、ロシアと戦争をします。
日露戦争もロスチャイルド家の視点からみると、イギリスやアメリカのように、まだ支配下にない大国ロシアを、育て上げた日本と戦わせ、封じ込めるための戦争だったのです。

そのために日本に戦費を貸し付け、自分たちの会社の武器を買わせ、ロシアと戦わせ、ロシアを叩いた上で日本からも巨額の利子を取り上げるという構図です。

長々と引用したが、考えて欲しい。危機を煽りけしかけて武器を買わせ金を貸して戦争をさせる・・・。明治維新も日露戦争も同じような構図が見えてくる。いいように日本は西欧列強のダシにされていたわけだ。だとすると明治維新もそもそも本当に必要だったのか?徳川幕府体制のまま近代化を導入する選択肢もあったのではないかと思えてくる(^^;)

ロスチャイルドと明治維新を語れば当然フリーメイソンの陰謀説にも関連してくるのだが、この「フリーメイソン陰謀説」は、かなりトンデモな仮説であり「話としては面白いが証拠がなく信憑性に欠ける」のが大半である。曰く、坂本龍馬がフリーメイソンであったとかだが、欧米の秘密結社であるフリーメイソンが動乱期の日本で工作員を養成することは可能でも、フリーメイソンのメンバーとして勧誘したり東洋人をわざわざ加入させるのは正直考えづらい。

当時の民族差別を考えれば、現地のメンバーが推薦しても本国のフリーメイソン幹部が承認したとは思えないし、坂本龍馬の語学力でフリーメイソンの理念を理解し心酔することがあるかは疑問だからである。

明治維新八百長説 ―維新の群像―:懐疑論者の祈り
 次の写真は、フリーメーソン陰謀論者などの間で、幕末の志士から維新までを彩る人々が一堂に会したものであり、明治維新はフリーメーソンが背後で操っていたという陰謀の証拠写真とされている。しかし、巨大陰謀論のビリーバー以外は、それがただの与太話に過ぎないことを直感的に理解できるであろう。

フルベッキ写真

(中略)
薩長同盟だって大政奉還だって、もちろん写真が撮影されたとする慶応元年(1865年5月〜翌2月)にはシナリオが出来上がっていたという、巨大な陰謀の証拠写真になってしまったのだ。
 そう、何を隠そうフルべッキや坂本竜馬がメーソンであり、かつ維新はメーソンが企画したという陰謀論の根拠はこの写真によって裏付けられたのである。

 そもそも慶応元年とすると、人物の年齢と顔も微妙に厳しいところがある。撮影時期と撮影場所についての正確な情報はないが、手前の石畳(のある撮影場)から明治に入ってから、写真場で撮影されたものではないかと推定できるようだ。そうなると、当然だが竜馬も高杉晋作も登場することはない。
 さらに、竜馬メーソン説などは噴飯ものである。メーソンは入会にあたり、非常に長い儀式を全て英語で行うわけだが、竜馬は長い長い英語をきちんと発音できたのであろうか?しゃべることができたのだろうか?
 日本語で儀式ができるようになったのは戦後のことであるというから、当時の「秘密結社」フリーメーソンに入るためには、堪能な英語が必須だったのである。初代日本人メーソンが西周(実在、客観、哲学、などの訳語を作った人)だったことを思い返そう。
 こういった考証一つとっても「明治維新はメーソンの指導に行われた八百長である」という巨大陰謀論には不利に働くのだ。

幕末はそれまでの250年ほどの間、全くと言っていいほど外国の干渉を受けなかった日本が、西欧列強の交易に名を借りた侵略(経済侵略含む)の洗礼を受けた時代と言える。そしてその背後にはロスチャイルドに代表されるユダヤ金融や武器商人が暗躍していた。彼らが明治維新とその内戦状態を主導したと考えるのは行き過ぎだとしても、倒幕勢力に対し我々の想像以上に深く影響を与えたことは認めざるを得ない。

ペリー以降、ヨーロッパ人との外交関係を持った時点で、富国強兵という名の果てしない軍拡路線を歩むことになる日本の不幸は、長すぎる江戸時代の鎖国政策の弊害なのだろうか?未だに内向きで奇妙な潔癖性が生む葛藤を克服できない幼児性や未熟さの遠因が、最も日本らしさを生んだ「泰平の世」にあったのだとしたら、なんという歴史の皮肉なのだろうか。

西欧列強が最後に訪れたアジアの小国は、その後植民地を多く抱える列強に強烈なしっぺ返しをすることになるのだが、経済戦争という面で考えるなら、金融支配や武器商人の思惑に踊らされながらも、その戦いは今なお続いていると言えるのかもしれない。

<関連記事>
●第一期
帝国の功罪(1)【ていこくのこうざい(いち)】大日本帝国の成立と発展
帝国の功罪(2)【ていこくのこうざい(に)】明治維新初期の産業と貿易
帝国の功罪(3)【ていこくのこうざい(さん)】江戸〜明治時代の教育レベル
帝国の功罪(4)【ていこくのこうざい(よん)】国民病「脚気」と「結核」
帝国の功罪(5)【ていこくのこうざい(ご)】北海道の光と影〜先住民族アイヌ
帝国の功罪(6)【ていこくのこうざい(ろく)】北海道開拓使の時代
帝国の功罪(7)【ていこくのこうざい(なな)】沖縄県民の歴史と感情
帝国の功罪(8)【ていこくのこうざい(はち)】廃仏毀釈と士族の冷遇
帝国の功罪(9)【ていこくのこうざい(きゅう)】売春婦と人身売買
帝国の功罪(10)【ていこくのこうざい(じゅう)】職業売春婦と慰安婦
帝国の功罪(11)【ていこくのこうざい(じゅういち)】日本軍の慰安所と慰安婦

●第二期
帝国の功罪(12)【ていこくのこうざい(じゅうに)】明治維新以前のアジア情勢と日本の安全保障
帝国の功罪(13)【ていこくのこうざい(じゅうさん)】明治維新の黒幕たち
帝国の功罪(14)【ていこくのこうざい(じゅうよん)】明治新政府の統治能力と藩閥
帝国の功罪(15)【ていこくのこうざい(じゅうご)】大日本帝国憲法と帝国議会の構成
帝国の功罪(16)【ていこくのこうざい(じゅうろく)】大日本帝国憲法の本性
帝国の功罪(17)【ていこくのこうざい(じゅうなな)】「天皇」の冤罪
帝国の功罪(18)【ていこくのこうざい(じゅうはち)】日本軍の黎明
帝国の功罪(19)【ていこくのこうざい(じゅうきゅう)】日本海軍と軍内部の抗争

●第三期
帝国の功罪(20)【ていこくのこうざい(にじゅう)】明治時代に勃興した財閥と軍事産業
帝国の功罪(21)【ていこくのこうざい(にじゅういち)】侵略という思想
帝国の功罪(22)【ていこくのこうざい(にじゅうに)】自由民権運動の変節

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