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帝国の功罪(17)【ていこくのこうざい(じゅうなな)】

「天皇」の冤罪

天皇家は日本において「天の王」を意味する通り古代より支配階級であった。現代の価値観や倫理観とは大きく異る時代を通し、常に日本という国の最大の権威であり幾つかの時代で権力者であった。西欧でも王家と呼ばれるロイヤル・ファミリーは統治した時代に莫大な富を得て、天文学的な資産を保有していた。

旧皇居
※旧皇居:京都御苑<画像元:写真の中の明治・大正(関西編)国立国会図書館>

日本でも大和朝廷が律令国家を形成し、直接支配している「領地」からの税(租庸調)を徴収したり臣下の豪族から寄進を受けては見返りに利権を分配するなどその構図は現在の政治とさほど変わらない。政治資金規正法など無い時代だから(^^;)天皇家に差し出す寄進に比例して利権を得やすい構造であったろうし、天皇に取り次ぐ役割のものにもそれなりの利ざやを認めていただろう。

古代史のロマンを見る場合、案外この辺りの生々しい経済事情は、表面上の史実に埋没して研究家でない限り深く掘り下げることはない。

支配者には必ずと言っていいほど「暗黒の歴史」が存在する。天皇家も類に及ばず、天皇親政の時代には天皇の皇子同士が皇位継承を争って殺しあったり配下の豪族を従えて戦争(内乱)を起こしたりしている。そんな特権階級ならばこそ、現代の倫理観では目も背けたくなるような非人道的かつ醜悪な行状があったとしても何らおかしくない。歴史の史実として記録されていないだけで倫理的に問題のある行為は存在していたと考えて不思議ではない。

ただ、天皇家自体は日本神道の最高司祭であり、キリスト教で言うところの「ローマ法皇」のような存在でもある。日本人の根源的な信仰心の最高権威が天皇であり、その系統を維持する為に存在するのが皇族である。世襲制である歴代の司祭を絶やさぬためのシステムが天皇制であり、そのために国家は最優先事項として天皇を中心とした政府(国体)を維持する様々な支配体制を試みてきたといえる。

天皇制に関しては、私も若いころ(左翼側に傾倒していた時期)にはその存在意義が理解できなかったし、存続させることに疑問を感じていた。この国の歴史を深く知ることもなく、その精神文化を省みること無く「史実をなぞるだけの理解」だけでは、単純に大昔から永続してきた特権階級としての天皇家・皇族に対する反発が大きく「天皇制反対派」の方に意識は傾いていた。

桔梗門
※皇居:桔梗門<画像元:写真の中の明治・大正(東京編)国立国会図書館>

学校で教えられる「日本史」の情報レベルと日本史教師の「日教組による洗脳」の組み合わせは、多くの日本人に「反天皇制」の芽を植えつけたとも言える。しかし両親や現代の皇室における「温和」で「慈愛」に満ちた活動や親の世代から受け継ぐ「親しみの感情」に加えて、1000年続く由緒ある血統の「ブランド的価値」(^^;)は、普通の日本人であればまず否定できず、認めざるをえないのもまた事実である。

ただ、歴史にのめり込み天皇一族に関する書籍を紐解いていけば必ず突き当たるのが「天皇家の人身売買ビジネス」と云う黒歴史の存在である。

西山澄夫以下は多くのブログで引用されているオルタネイティブ通信の当該エントリ全文である。なおオルタナティブ通信は「西山澄夫」という実在が確認できない執筆者によるもの(と言われている。尚最近のメルマガには「by SK」とのイニシャルだけだが署名入りの記事もあり、複数のライターやソースを元に書かれていると思われる)で有料メルマガを配信している「ディスインフォメーション(ネガティブな情報を配信する)サイト」でもありベンジャミン・フルフォードも真っ青の(^^;)「陰謀史観サイト」でもある。

<画像元:あの人検索spysee>※実在が確認できない割にはこういう画像が貼られている(^^;)同姓同名の別人の可能性はあるが・・・。

ちなみに私は有料メルマガを購読している(爆)信憑性はともかく、裏側から真実に迫ろうと言うそのスタンスは非常に好奇心をくすぐるからだ(^^;)

天皇=売春業者(2007年05月02日):オルタナティブ通信
1885年、天皇一族と三菱財閥で日本初の船舶会社、日本郵船が創立される。
明治維新により富国強兵の道を歩み始めた日本は、欧米からあらゆる兵器を購入し続けていたが、欧米への支払いに当てる資金が日本には無かった。
そこで福沢諭吉は、「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」という指示を天皇に与える。賤業婦人つまり売春婦として日本人女性を海外に「輸出、 売却」し、兵器購入資金を作るというプランであり、天皇一族はこのプランに飛び付き実行する。(福沢諭吉全集 第15巻)

ウサギたちが渡った断魂橋1900年初頭から天皇の命令の下、「海外に行けば良い仕事があり、豊かな生活が出来る」という宣伝が日本全国で大々的に行われた。日本の健全な家庭に育った当時の若い女性達は天皇の言葉を信じた。
天皇一族によりだまされ「売春婦として欧米に販売された」日本人女性の数は数十万人。
大部分は健全な家庭に育った若い女性達であり、天皇は「健全な女性を売春婦」として「売却」する事で、欧米の売春業者から女性1人あたり数千円、当時普通の会社員であれば10数年分の給与を手に入れていた。
その金額が数十万人分=莫大な資金がこの天皇一族のサギ行為、女性の人身売買により天皇一族に転がり込んだ。
その資金の一部は戦争のための兵器購入に当てられたが、大部分は天皇の「個人財産」として「蓄財」された。天皇一族は自分の金儲けのために、健全な若い日本人女性をだまし、売春婦として欧米に「売却」して来た。天皇一族は欧米の売春業者とタイアップした日本の売春業者であった。
天皇により経営される日本郵船により、欧米に「売却」された日本人女性は、1人残らず現地に着くと即座に売春宿に「連行」され監禁された。そして売春を強制された。初めての外国であり、逃げ場も助けてくれる相手もいない。数十万人の日本人女性が、天皇によって売春を強制された。これが従軍慰安婦の原型である。

日本郵船の共同経営者三菱財閥もこの売春業で巨大化した。この莫大な富を生む売春業に参加させてもらったお礼に、三菱財閥は昭和天皇の結婚後の新居を、全額三菱財閥の出資で建設する。渋谷区下渋谷の第一御領地の「花御殿」が昭和天皇の新婚の住居であり、それは数十万人の日本人女性を「売春婦として販売した」利益で、三菱の天皇に対する「売春業参加のお礼」として建設された。
(山田盟子「ウサギたちが渡った断魂橋」 新日本出版社)。

また天皇が大株主であった船舶会社商船三井も天皇と協力し、同一の「売春婦・輸出事業」に従事する。

天皇裕仁こうして日本人女性の「販売業者」として天皇一族が蓄積した財産は、第二次大戦後日本に進駐してきた米軍GHQの財務調査官により調査され、当時の金額で1億ドルを超えると記録されている。国民に対しては「自分は神」であるとしていた天皇は、女性の人身売買で金儲けし、また日清戦争、日露戦争で中国、ロシアから得た賠償金を自分の私財として「着服」していた。
戦争中、全ての日本人は餓死寸前の中、軍需工場で「無給」で重労働を行っていた。そうした重労働と日本人男性=軍人の死によって戦争によって得られた賠償金を、国民のためでなく自分の私的財産として天皇は着服し、密かに蓄財していた。
また日本軍が朝鮮、中国に侵略し、朝鮮人、中国人を殺害し略奪した貴金属は、天皇の経営する日本郵船によって日本に運び込まれ、日銀の地下金庫にある天皇専用の「黄金の壷」という巨大な壷に蓄財された。中国、朝鮮から略奪された貴金属、そして賠償金=侵略戦争は天皇の個人的蓄財のために行われていた。
この問題を調査したエドワード・ベアは、「天皇一族は金銭ギャングである」と吐き棄てるように語っている。(エドワード・ベア「天皇裕仁」 駐文社)

ニッポン日記1945年、日本の敗戦が決定的になると、天皇一族は、この蓄財を米国に「取られる」事に恐怖を感じ、海外に蓄財を「逃し」始める。天皇の個人銀行でもあった横浜正金銀行を通じて、スイスに850万ポンド、ラテンアメリカに1004万ポンド等、広島、長崎に原爆が落とされ死傷者が苦しんでいる最中、天皇は自分の蓄財を海外に次々と逃がす事に専念する。
この問題を調査したマーク・ゲインは、海外に天皇が逃した蓄財は累計で5〜10億ドルに上るとしている。(マーク・ゲイン「ニッポン日記」 筑摩書房)

徹底検証・昭和天皇独白録広島、長崎に原爆が落とされ膨大な死傷者が出、戦後日本をどのように再出発させるかを考えなくてはならない時期に、天皇はひたすら自分の蓄財を守るため数百回に及ぶ海外送金を繰り返していた。
日銀の地下金庫からは、莫大な金塊と貴金属が日本郵船により運び出され、アルゼンチンの銀行そしてスイス銀行まで遠路運搬されていた。

中国では日本に逃げ戻るための船舶が無く、逃げ遅れた日本人女性が中国各地で多数強姦殺人され子供が殺害されている最中、天皇は貴重な船舶を独占し、自分の金塊を遠路アルゼンチン、スイス等に運び出していた。
天皇が自分の蓄財だけしか頭に無く、日本人の事など何も考えていない事は明白である。(ポール・マニング「米従軍記者が見た昭和天皇」マルジュ社)

ヒトラーの秘密銀行なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS※管理人注:戦略諜報局)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?
敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行く。天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンである。
そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」である。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めるが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーが虐殺したユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行であった。
天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していた。天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であった。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

徹底検証・昭和天皇独白録1924年、米国は「排日移民法」という法律を成立させる。日米関係はまだ険悪ではなく、日本から余りに多数の若い女性が「売春婦」として米国に「輸入」されてくる事が社会問題化し、それを禁止した法律であった。
天皇自身の発言を記録した「昭和天皇独白録」(藤原彰「徹底検証・昭和天皇独白録」 大月書店)の「大東亜戦争の原因」=日米戦争の原因の項目に、1946年3月18日の天皇の発言として以下の言葉がある。

「米国のカリフォルニア州への移民拒否については、日本を憤慨させるに十分なものであった。」

この発言は日米戦争の原因についての天皇自身の発言である。日本人女性をだまし、売春婦として米国に「売却」する天皇の売春ビジネス=移民を米国が禁止した、それに憤慨激怒し米国と戦争を始めたと天皇自身が独白しているのである。
天皇一族は神でも「象徴」でも無く、人間のクズの集団である。

追記・・例え殺されても自分の命と引き換えに真実を語るのがジャーナリストの仕事である。天皇に欺かれ売春婦にさせられた数十万人の日本人女性達の無念の人生のために、誰かが真実を語らなければならない。


なかなか興味深い。福沢諭吉を始め外国のジャーナリストまでが天皇を研究し、その裏ビジネスや暗黒面を暴こうとしている。しかし、私はこれらが天皇の真実の全てを語ったものではないと考えている。天皇家そのものやこれまで日本というこの国を支配していた一族に全く非の打ち所が無いとは言えないはずだとも確信しているが、日本の原点であり精神文化の拠り所でもある「天皇」を貶めようとする意図を感じるものを鵜呑みにする気もないのである。

一つは戦後の自虐史観に代表される「日本は悪だ」の裏づけとしての「大日本帝国否定」から「国家元首の天皇否定」に繋がる点が感じられるからだ。

私がこのシリーズ以外でも普段から言及している通り「この世界に正義の味方など存在しない、それぞれの大義のもとに弱肉強食の抗争を繰り返しているだけなのだ」の考え方で言うならば、全てが悪。北野武の映画「アウトレイジ」(^^;)ではないが、善人の顔をした悪人、悪そうな顔をした悪人、正体不明な印象の悪人が存在し、勝者の主張が定説として残る、その繰り返しでしか無いのである。

そういう視点で上記に挙げられた出典をいくつか検証してみよう。

福沢諭吉は、「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」という指示を天皇に与える。賤業婦人つまり売春婦として日本人女性を海外に「輸出、 売却」し、兵器購入資金を作るというプランであり、天皇一族はこのプランに飛び付き実行する。(福沢諭吉全集 第15巻)

まずこの部分。明治期の偉人としても名高い福沢諭吉のイメージを損なわせる意図を強調している印象がある。賤業夫人とは売春婦のことで、「天皇が売春婦を輸出するビジネスを行った。それを福沢諭吉が勧めた。」と云うところなのだが・・・

「福沢諭吉と慰安婦」平山洋:apate dikaia
福沢諭吉が「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可すべき」という指示を天皇に与えた、という噂がネット上で広まっている。確認できたところでは、サイト「日本人が知らない恐るべき真実」中の二〇〇六年八月二五日付エントリ「天皇の蓄財 廚最初で、鬼塚英昭著『天皇のロザリオ・上巻・日本キリスト教国化の策謀』(同年七月八日・成甲書房刊)からの引用の形をとっている。

日本の偉人中の偉人と評価の高い福沢諭吉は、「賤業婦人の海外に出稼ぎするを公然許可するべきこそ得策なれ」(『福沢諭吉全集』第十五巻)と主張した。娼婦を送り出す船会社が、天皇家と三菱に大いなる利益をもたらすということを計算したうえでの「得策なれ」の主張であった。

「至尊の位と至強の力を合して、人間の交際を支配し、深く人心の内部を犯してその方向を定る」

福沢諭吉の思想は当時の天皇家に迎えられた。

天皇のロザリオというのがその問題の部分だが、注意深く見てみると引用の末尾の一文は、最初の文を受けているわけではないことが分かる。その直前の引用文から引き続く、エントリでは省略されている部分を導いているのである。ちなみに出典が明示されていない「至尊の位と至強の力を合して、人間の交際を支配し、深く人心の内部を犯してその方向を定る」というのは、『文明論之概略』(一八七五年刊)からの引用で、この部分をより広く引くなら、実は次のように記述されているのである。すなわち、


人の天性を妨ることなくば、その事は日に忙わしくしてその需用は月に繁多ならざるを得ず。世界古今の実験に由(より)て見るべし。是即(すなわ)ち人生の自(おのず)から文明に適する所以(ゆえん)にして、蓋(けだ)し偶然には非(あら)ず。之を造物主の深意と云うも可なり。

この議論を推して考れば、爰(ここ)に又一の事実を発明すべし。即(すなわ)ちその事実とは、支那と日本との文明異同の事なり。純然たる独裁の政府又は神政府と称する者は、君主の尊き由縁(ゆえん)を一に天与(てんよ)に帰して、至尊の位と至強の力とを一に合(がつ)して人間の交際を支配し、深く人心の内部を犯してその方向を定るものなれば、この政治の下に居る者は、思想の向う所、必ず一方に偏し、胸中に余地を遺(のこ)さずして、その心事常に単一ならざるを得ず。心事繁多ならず故に世に事変ありて聊(いささ)かにてもこの交際の仕組を破るものあれば、事柄の良否に拘(かか)わらず、その結果は必ず人心に自由の風を生ずべし。

(巻之一)

と、要するに福沢は独裁政府による「至尊の位と至強の力を合して、人間の交際を支配し、深く人心の内部を犯してその方向を定る」あり方を専制政治として批判していたのである。

実際の福沢は君主専制政治とは異なる立憲君主政治を理想としていて、その立憲君主政治のありかたが当時の天皇家に迎えられた、というのが本当のところである。もともと『天皇のロザリオ』の書き方が誤解を招きやすいものであったのを、さらに不適切な切り取り方をしたために、あたかも福沢が天皇に娼婦の出稼ぎを進言したかのような奇妙な内容のエントリができあがっているわけである。

このように天皇に進言した、という部分は否定されたのではあるが、この噂の前段をなす娼婦の出稼ぎそのものについての福沢の考えはどのようなものであったろうか。エントリ中で出典として示されている現行版『福沢諭吉全集』第一五巻(三六二頁〜三六四頁)にあたってみると、それが「人民の移住と娼婦の出稼」という明治二九年(一八九六)一月一八日掲載の『時事新報』社説であることが分かる。

この後リンク先では福沢諭吉の著作であるとされる論説が、弟子による代筆ならぬ「異なる思想の持ち主が福沢の名を騙って書いた」疑惑が検証されている。

第二節の全文からもはっきりしているように、社説「人民の移住と娼婦の出稼」の主張は、性風俗業に従事する女性が海外に出ることを許可するべきだ、というにきわまっている。理由は海外で現に働いている日本人男性に独身者が多いせいで、要するに現地の女性に迷惑がかからないようにするためである。どこにも強制の側面はなく、この社説がどうしていわゆる「従軍」慰安婦問題と絡めて論じられるのか不思議なのだが、ともかくそうなっているのである。

次の引用文<山田盟子「ウサギたちが渡った断魂橋」>に繋がる従軍慰安婦問題と天皇家の陰謀を結びつける情報操作が行われる。もうこれだけで胡散臭さ満点である(^^;)

ちなみに「天皇家の犯罪」を記述する『天皇のロザリオ』の著者鬼塚英昭を調べてみると、中々香ばしい方である(^^;)まぁ、副題「日本キリスト教国化の策謀」とあるように陰謀史観+トンデモ系の匂いが強烈に鼻につく(爆)

[日本人奴隷]「日本人奴隷」について読んでおかなければならないテキストのメモ(日本語のみ):愛・蔵太の気になるメモ
 かなり「トンデモ度」が高いんですが、「50万人の日本人奴隷」説の大もとなので(というより、50万人説はこのテキスト以外に見当たらないので)目を通さないことには話がはじまらない。
つまるところ、本当の元ネタであろう、鬼塚英昭著「天皇のロザリオ」(本職は竹工芸家の人が書いた、「終戦当時に、マッカーサーとカトリック教会が、昭和天皇を改宗させ、日本をカトリックの国にしようという陰謀を企んだ」という本)を見てみないとわからないのですが、その本に「天正少年使節団の報告書」と本当に書いてあったのなら、著者は本当に天正遣欧使節記を読んだのかね、と思います。ヨーロッパ人が著者で、少年使節の対談の形式をとっている使節記を、使節団の報告書と思えるとしたら、相当変わった人ですね。
というわけで、質問者の方が見たネット上のネタは、『トンデモな人が、トンデモな本を読んで、トンデモな説を述べたのが、更にネットでコピペされていくうちに、トンデモ度が加わっていったもの』と思います。コピペはPCだけにして、頭の中ではしない方が無難ですよ。

教えて!goo 豊臣秀吉の「バテレン追放令第10条」と奴隷貿易をしていたキリシタン大名・天草四郎

鬼塚英昭は何者なのか:美しき世の面影
鬼塚英昭鬼塚英昭というノンフィクション作家がいる。精力的にいろいろ書いてはいるが、「天皇のロザリオ」上巻?での悪評がたたって、まともに評価されているとは言い難い。実際に「天皇のロザリオ」上巻を読んだ限り、以下のような印象がある。

<画像元:成甲書房>※管理人注:鬼塚英昭氏は2016年1月25日に死去

・史料をまんべんなく読んで書いている箇所と自説に都合良い史料中心に読んでいる箇所が混在
・天皇教という、普通の日本人なら使わない造語が何度も使用される(天皇教という言葉を使った著者の意図は、下巻の最後で判明する仕掛け)
・大本営を日本国最大の暴力装置と表現している(183頁)
・司馬遼太郎を熱烈な天皇教徒とレッテル貼りしている(348頁)
・共産主義者だったことが確定している、ハーバート・ノーマンの文書からの引用が多い
・歴史的記述、妄想あるいは願望的記述が混在している

(ノンフィクションとしては問題とはされない事ではあるが)歴史書としての要件をまったく満たしていないような感じなのである。著者本人は、ノンフィクション作家のつもりで書いているが、読む方は、テーマ設定などから、歴史書だと思って読むから、読む前から書き手、読み手にミスマッチが発生している。迂闊な用語使用、願望的記述があれば、手順的な事を重要視する研究者からは、歴史書を書くための基本が理解できていない人と評価される結果となるのは避けられない。


鬼塚英昭が書いたのは歴史書ではなくノンフィクション(^^;)つまり事実を元にした創作を含む著作であるということなので、その記述を事実認定する、あるいはその前提のもとに歴史的史実を検証するのはそもそも間違いである。まさに吉田清治の捏造本「私の戦争犯罪」と同様の虚構の可能性すらある。また、これは引用者の間違いかもしれないが、オルタナティブ通信の記述や引用元の歴史検証がずさんな点は他にも見て取れる。

1885年、天皇一族と三菱財閥で日本初の船舶会社日本郵船が創立される。

ここからもう出鱈目(^^;)「日本郵船」は日本初の船舶会社ではない。日本郵船の設立経緯を知らないようだ。

廻漕会社(かいそうがいしゃ)〜日本大百科全書(ニッポニカ)の解説:コトバンク
民部省通商司の下にできた旧幕府所有船などによる明治政府初期の運送組織。1869年(明治2)12月、三井組を中心に廻漕会所が創立されたが、翌年正月に廻漕会社と改称、横浜―伊勢(いせ)間、東京―横浜間と大阪―神戸間の定期航路に従事した。

この後、三菱の創始者:岩崎弥太郎が出身元の土佐藩の廻漕業・九十九商会を基に海運業を起こし、西南戦争などで新政府軍の軍事輸送を請負い、政府から海運を一任され「郵便汽船三菱会社」が誕生する。その後、政治抗争の煽りで半官半民の「共同運輸会社」が設立され、双方の運賃の値引き合戦が元で両者共倒れの危機に陥り西郷隆盛の弟、西郷従道農商務卿のとりなしで1885年(明治18)郵便汽船三菱会社と共同運輸会社は合併し、新会社「日本郵船会社」が誕生する。

つまり「日本郵船」の設立に天皇家は関わっていない。だから

天皇により経営される日本郵船により、欧米に「売却」された日本人女性・・・
(山田盟子「ウサギたちが渡った断魂橋」新日本出版社)

と言うのは、誤りであるし虚偽である。戦前において天皇家が日本郵船の大株主だったのは事実だが、社長でも会長でもない以上、経営者と同義に考えるのはおかしいのだ。大体戦前においても政治の些末な内容に口出しできなかった天皇が、一企業の運営に口を出せるはずもなく、もしそういう「意思」が伝えられたとしても陛下ご自身のものであるかは逆に疑わしい(宮内省から日本郵船に監査役が出ていた)。明治維新にまつわる政変劇でも「勅命」はそれを望む陛下以外の人間が画策したことであることを考えると、やはり「天皇が運営した」と言う言い方は不適当であろう。日本郵船をはじめとする当時の国策企業のほとんどの株を多かれ少なかれ天皇家は保有していたので、ことさらに日本郵船の経営にご執心だったはずがないのだ。

天皇家の財布:森暢平(新潮新書)
戦前、皇室が株を所有していた企業は、金融関係20社、鉄道関係16社、その他17社の53社だった。
(大沢覚『戦前期皇室財産統計』より)

そんな「歴史的な文献を精査すれば分かることを悪意を持って歪曲した記述をする」山田盟子と云う人物についても怪しさは満点のようだ(^^;)

山田盟子:wiki
山田 盟子(やまだ めいこ、1926年 - )は、日本のノンフィクション作家、ジャーナリスト。宮城県生まれ。
従軍慰安婦問題など女性哀史を中心に取材、執筆を続ける。慰安婦関連の著作においては、嘘や捏造が明らかとなった吉田清治や千田夏光の著作から度々引用しているなど、現在となっては問題があると言わざるを得ない内容のものが多い。1976年に『うはっきゅう』で第10回埼玉県知事賞受賞。

多くの作品を発表していながら、人物プロフィールに裏づけが少ない。数少ないヒントとしては、新日本出版社が共産党御用達の出版社であること(^^;)ん?NHK本もあるけど・・・(爆)NHKの正体まで見えるようだ(^^;)

こうして日本人女性の「販売業者」として天皇一族が蓄積した財産は、第二次大戦後日本に進駐してきた米軍GHQの財務調査官により調査され、当時の金額で1億ドルを超えると記録されている。国民に対しては「自分は神」であるとしていた天皇は、女性の人身売買で金儲けし、また日清戦争、日露戦争で中国、ロシアから得た賠償金を自分の私財として「着服」していた。
(中略)
また日本軍が朝鮮、中国に侵略し、朝鮮人、中国人を殺害し略奪した貴金属は、天皇の経営する日本郵船によって日本に運び込まれ、日銀の地下金庫にある天皇専用の「黄金の壷」という巨大な壷に蓄財された。
エドワード・ベア「天皇裕仁」 駐文社)

後年、「版籍奉還」「秩禄処分」「廃藩置県」で、徳川家を含む旧大名の資産をすべて奪い資産を増やした政府が、「西欧列強の王家に見劣りしない天皇家」を示すために過分な予算を天皇・皇族に分配したため天皇の収入は激増する。(※天皇親政時代は栄華を誇った天皇家も江戸時代の収入は最下層の大名と同様の1万石であった)

天皇家の財布:森暢平(新潮新書)
自由民権運動に伴う国会開設運動の高まりに対し、明治政府は、皇室財政と国家財政の分離を計った。予算審議を通じて、国会が皇室に口出しするのを防ぐためである。具体的には国家財政の外に収入を得るため、皇室が林業経営に取り組むことにした。いわゆる「御料林」である。
御料林は、北海道・夕張、静岡の大井川流域、岐阜・木曾など全国に散らばり「金のなる木」と言われるほど莫大な収益を上げた。この利益を元手に皇室は株式、国債の有価証券への投資にも乗り出した。
一応は国家財政からの予算もあった。国会開設前(1887年度※管理人注:明治20年)に250万円と決まり、1911年度※管理人注:明治44年に450万円と改定されて以降、敗戦の年まで据え置かれた。

御料林
「名山 大台ケ原 三津ノ川落より日出嶽及伊勢大杉谷御料林を望む 梢低き木に昇るは會長」
<画像元:奈良県立図書情報館>

ちなみに、明治期と現在の貨幣価値を換算すると、大雑把に言って約2200倍となる。

過去の貨幣価値を調べる(明治以降):リサーチ・ナビ(国立国会図書館)
(2)次に現在の日本円で何円に相当するのかについては、戦前基準企業物価指数、「明治以降物価推移」で換算します。

明治26年の指数=0.319  平成18年の指数=698.4 
698.4(平成18年)÷0.319(明治26年)=2189.3倍
7円(明治26年)×2189.3=15,325円(平成18年)

つまり明治20年の皇室予算が(現在の価値で)約55億円、明治44年は約99億円相当で、それ以外に林業収入が莫大にあったため株式購入など金融資産が増えたということになる。林業をやっていたなら木材の移動に鉄道や船舶など物流の企業に投資するのは当然だし、文句をいう人間を売買するよりモノ言わぬ「商品」を取引するほうが物量が管理しやすい点でも儲けを出しやすいのは自明の理であろう。

人身売買が「天皇家のため」「お国のため」の名目で業者によって行われたことが想像に難くないが、その言葉通りに天皇や国が直接関与したとは考えにくい。少なくとも国際社会の目を考えると「ハッキリわかりやすい形で人身売買に関与する愚」は侵さないと考えていいだろう。従軍慰安婦問題における慰安婦募集の実態と似たようなものだったことが想像できるのだ。


一方、経済の大激変で一般庶民の多くは困窮した。その結果「口減らし」「借財の形」に人身売買を行ったのは事実だろうし、海外へ出稼ぎに出た日本人(勤労男子や売春婦)を輸送するために運送業が利ざやを稼いだことはあるだろうが、本来貿易が拡大すれば海運業が大儲けするのは当たり前である。一方が貧困に苦しみ、一方は超富裕層に格差が拡大したために「受益者側の陰謀」として解釈するのは、短絡的であり被害妄想的と言っても過言ではなかろう(^^;)

からゆきさん
<画像元「虎に喰われるか、男に喰われるか?」歴史教科書には載っていない過去の日本人女性たちの存在:spotlight>

明治時代の人身売買に関しては娘子軍とよばれた「からゆきさん」があるが、明治維新直後よりも明治後半にかけて最盛期を迎えたとある。これは明治期の文明開化による厚生環境の改善で国民全体の寿命が伸び、嬰児死亡率が下がったため人口が急激に増えたことと無縁ではない。重工業が急速に発展したと言ってもまだまだ農業国であった当時、人口の伸びに比して経済発展や食糧増産が追いつかなかったことが穀物価格の高騰を引き起こして地方の貧困を加速させたし、二度の対外戦争で台湾・朝鮮を領有したため、インフラ整備や当該地域の軍備拡張に予算を食われ、日本本土への福祉的政策が後退したことも影響したと考えられる。

帝国の功罪(1)にも記述した人口統計を再掲する。

明治維新以降
明治 5年(1872年)3480万人(+ 192万人)
明治15年(1882年)3726万人(+ 246万人)
明治25年(1892年)4051万人(+ 325万人)※明治18年ハワイ「官約移民」
明治36年(1903年)4555万人(+ 504万人)
大正 3年(1914年)5275万人(+ 720万人)
大正13年(1924年)5888万人(+ 613万人)
昭和 9年(1934年)6830万人(+ 942万人)
昭和19年(1944年)7306万人(+ 476万人)

元のデータは国勢調査以前の日本の人口統計〜全国人口:wiki

70年ほどの間に人口が約2倍に膨れ上がっている。人身売買や海外移民で人口を減らしても、飢える国民を救いきれない。それは国際的に西欧列強に並び立つべく富国強兵という国家プロジェクトが、国民を犠牲にして初めてなし得るものであったことの証明でもあろう。

日本人の海外移住略史、1868年−1998年:国際日系研究プロジェクト
日本人の海外渡航は、明治維新(1868年)とともに始まりました。世界各地を結びつける国際経済、労働市場、交通網の一部となった明治日本は、近代化とそれに伴う急速な社会変化に見舞われました。特に農業形態や経済構造が変わっていくなかで、農村部を中心に余剰労働力が生まれ、国内及び海外へ移動する出稼ぎ労働者が現われたのです。

1868年、横浜在住アメリカ商人ユージン・バンリードは、およそ150人の日本人労働者をハワイの砂糖プランテーションへ、そのほか40人をグアムへ送りました。この出稼ぎ労働者の一団は一般に「元年者」として知られ、政府の許可や旅券を受けることなく日本を出国しました。近代日本最初の海外「移民」だった「元年者」は、渡航地で奴隷にも等しい取扱を受け、結局、国家の体面保持ということもあり、明治政府が救出に乗り出さなければなりませんでした。「元年者」の失敗もあり、政府はこののち二十年近く日本人の海外移住を許さず、かわりに北海道開拓を推進しました。

1885年ハワイ「官約移民」とともに、日本人の本格的な海外移住が始まりました。「官約移民」制度は、日本とハワイ王国(当時は独立国)の条約に則り、日本人労働者を3年契約で砂糖プランテーションへ送るというものでした。1894年までの9年間に、総計2万9千人ほどの日本人が、この制度のもとハワイへ渡航しました。同時に何千人もの日本人が、太平洋上の木曜島(英領)、ニューカレドニア、オーストラリア、フィージーなどへも渡りました。この時期の渡航者のほとんどは、海外への永住をめざした「移民」ではなく、数年間の契約労働を目的にしていた出稼ぎ労働者でした。

明治維新直後は自国民を奴隷扱いする西欧諸国に対する移民をやめていた。北海道開拓民としての移住が代替措置として取られ、余談だが私の祖先の曽祖父も出身元の秋田県から箱館(現函館)に移住している。海外研究者がこの辺りをどこまで正確に把握していたかはわからないが、実際に海外移民として出国した人々が中心になった「国際日系研究プロジェクト」の記述は信頼に足ると考えるべきだろう。

ただ、恒常的に日本には「余剰人員は売り飛ばす」という発想があったことは否定できず、エドワード・ベアその意味では、エドワード・ベア(リンク先:英語)の痛烈な批判は耳が痛いと言わざるをえないが、同じような人権無視や人種差別はむしろ西欧列強のほうが激烈であったことを考えると「どの口が言ってるのか」との反発も禁じ得ない。こういう批判的な論説は、日本側の問題以上に戦勝国の傲慢さがにじみ出ているように見えるのだ。

ちなみにエドワード・ベアは映画「ラスト・エンペラー」の原作者でもあるジャーナリストで、外交問題評議会(CFR)と関わりが深いとされるTimeやNewsweekの特派員であった。

外交問題評議会(CFR)は、「会員はアメリカ政府関係者、公的機関、議会、国際金融機関、大企業、大学、コンサルティング・ファーム等に多数存在する。知名度が高く、影響力が大きいことで知られる。」と書かれているように第二次世界大戦後に最盛期を迎え、戦後の世界秩序に大きな影響を与えたと言われている。これ以上は「トンデモ陰謀論」の範疇だろうが、このCFRの構成メンバーはシオニスト・ユダヤ・ロビーが多数を占め、イルミナティの下部組織とも言われている(^^;)つまり戦勝国アメリカの世界秩序維持のために、日本を悪役に仕立てておく必要がある連中だということだ。

マーク・ゲインは1945年FBIに極東問題を扱う雑誌の他のメンバーとともにソ連のスパイである容疑をかけられた。最終的に無罪となり釈放されたが、拘束されたものがいずれも不起訴や無罪、軽微な罰金刑で処理されたが、これも共産党員の工作によると言う見方がある。

天皇や日本を貶めるプロパガンダには注意が必要だ:MILLENNIUM
ディック・ラッセルはその著書『知りすぎた男(The Man Who Knew Too Much)』の中で、ゲインが将来ある時点で「二重スパイ」として働く代わりに自由を与えられたと記している。
http://www.spartacus.schoolnet.co.uk/JFKgayn.htm
※リンク切れ

皇室(天皇)が経済活動を行い資産を増やし、戦局悪化とともに海外送金して「資産隠し」に走ることは、国家元首としてはあまり都合のいい話ではない。しかし、最近暴露されたパナマ文書における各国政府要人と同様に、自分や他の皇族(家族)の生活保障を考えれば安全策を取ろうとするのは自然な行為に思える。敗戦ともなれば自らは最悪処刑され、資産没収そして皇族は(生存できたとしても)経済的にも苦境に陥ることは容易に想像できたはずなので、批判されることは免れなくても特別に悪事を働いたと言う印象はない。貧乏だった天皇家が裕福になった以上、なんとか守ろうとするのは巨額である分印象は悪いが心情は理解できるのである。

なお天皇が第二次大戦中「売春婦輸出業」を行っていた商船三井の共同経営者が、CIA(当時はOSS※管理人注:戦略諜報局)の対・日本作戦部長マクスウェル・クライマンであるのは何故なのか?
敵国のCIA対・日本作戦部長と「仲良く」天皇が「売春婦輸出業」を行っている=天皇はCIA工作員であったのか?

天皇は戦後、このスイス銀行に預けた金塊を担保に資金を借り、CIAが事実上創立した不動産業者=森ビルと共に、港区の不動産を次々に買収し、またハイテク産業に投資し、莫大な蓄財をさらに莫大に膨れ上げさせて行く。天皇は神でも「象徴」でもなく単なる金儲け主義の金融ビジネスマンである。
そしてここでも「何故か」CIAと天皇は「共同経営者」である。

天皇は、1940年代初頭からスイス銀行に少しずつ蓄財を「移し」始めるが、ヨーロッパにおいてナチス・ヒトラーが虐殺したユダヤ人から奪った貴金属を管理していたのもスイス銀行であった。
天皇はヒトラーに請願し、ナチス・ヒトラーの口座の中に「天皇裕仁」のセクションを作ってもらい、そこに天皇一族の蓄財を隠していた。天皇とヒトラーはスイス銀行の秘密口座を「共有」する略奪ビジネスのパートナーであり、ナチスと天皇は一体であった。(アダム・レボー 「ヒトラーの秘密銀行」 ベストセラーズ 及び、濱田政彦「神々の軍隊」 三五館)

そしてマクスウェル・クライマンは、ユダヤ人で日露戦争時に日本の戦費調達に協力したクーン・ローブ投資銀行の幹部であった。クーン・ローブ商会の頭取を務めたジェイコブ・シフはロスチャイルド家初代マイアー・アムシェル・ロスチャイルドと同じユダヤ人居住区の同じ建物に住んでいた。世界最大とも言われるユダヤ金融財閥と無縁と考えるほうがどう考えてもおかしい。

クーン・ローブ:wiki
クーン・ローブ(Kuhn Loeb & Co.)はグローバルな金融財閥。クーン・ローブ商会とも。1867年に創業、ニューヨークに本部を置いた。戦後も1947年発行のオランダ国債や欧州石炭鉄鋼共同体債、オスロ市債、オーストリア国債、デンマーク国債、ジャマイカ債の引受代表となった。引受けた国債銘柄はモルガン・スタンレーよりもずっと幅広い。
1977年にリーマン・ブラザーズに統合され、クーン・ローブ・リーマンと称した。その後、1984年にクーン・ローブ・リーマンがアメリカン・エキスプレスに買収され、シアーソン・リーマン・アメリカン・エキスプレス(Shearson Lehman/American Express)に改名された際、クーン・ローブの名は消えることとなった。もっとも、ローブはリーマンの語源である。

明治維新でも関わった天皇家とロスチャイルド、遣欧使節で関わった徳川家とロスチャイルド。これらの金融財閥のバックアップ無しには、少なくとも明治維新以降は日本において統治する力は持てなかったのかもしれない。いずれにしても帝国の功罪(13)「明治維新の黒幕たち」および帝国の功罪(14)「明治新政府の統治能力と藩閥」でも登場したヨーロッパのユダヤ系財閥の名がやはり出てくる。世界に金融危機をもたらしたリーマン・ブラザース崩壊も流れを見る限り何らかの意図が考えられるのだがそれは別の話(^^;)

国際関係史の中の日米経済関係:井口治夫(PDF)
大恐慌の最悪期からなかなか脱却できない米国に対して、日本産業(日産)財閥の総帥で、国策会社満州重工業(満業)総裁でもあった鮎川義介や日本の経済界が米国に働きかけた修正門戸主義を米国が妥協して受け入れる余地があったとする期間は、三国同盟が締結された時期までであろう。日中戦争が予想外に長引いた結果米国の間接・直接資本を日本帝国に導入することは益々重要になっていた。第2次世界大戦勃発後、日本帝国にとって米国のみが必要な外資を供給しうる国であった。
 鮎川が、満州国を米国に事実上認めさせて米国から満州へ投資を流入させようとした構想と、日本が1938年2月以降に推進しはじめた満州国に欧州系ユダヤ人の安全地帯を創設するすることは政策面で関係していた。1938年彼は米国人マックスウェル・クライマンというクーン・ローブ投資銀行幹部と面識のあるニューヨーク市のビジネスマンの訪問を受けた。クライマンは、ユダヤ人の難民を受け入れる為に満州国を安全地帯として開放する代わりに、主にユダヤ系金融機関からの融資を斡旋できると鮎川に提案した。他の多くの日本人と同様に、鮎川はユダヤ人は経済に強く、日本の友人であると信じていた。日露戦争中クーン・ローブ投資銀行のパートナーであったジェーコブ・シフは、高橋是清による日本国政府の戦費調達を欧米の金融市場で行うことを支援した。シフは、ユダヤ人を迫害する帝政ロシアに敵意を抱いていた為、日本が戦争遂行上非常に必要としていた対外戦費調達の大部分を仲介した。

満州で欧州のユダヤ人の難民を受け入れる計画は日本側で策定されていた。

河豚計画:wiki
河豚計画(ふぐけいかく)とは、1930年代に日本で進められた、ユダヤ難民の移住計画である。1934年に鮎川義介が提唱した計画に始まるとされ、1938年の五相会議で政府の方針として定まった。実務面では、陸軍大佐安江仙弘、海軍大佐犬塚惟重らが主導した。ヨーロッパでの迫害から逃れたユダヤ人を満州国に招き入れ、自治区を建設する計画であったが、ユダヤ人迫害を推進するドイツのナチス党との友好を深めるにつれて形骸化し、日独伊三国軍事同盟の締結や日独ともに対外戦争を開始したことによって実現性が無くなり頓挫した。

鮎川義介1938年は日米開戦の3年前である。この時点で日本はアメリカを懐柔し利用しようとしていた。米国内のユダヤ人に働きかけて満州への投資と同時にソ連への牽制、他に中国大陸で関東軍が展開していた「麻薬ビジネス」も関連していたかもしれない。日本の軍隊は米国からの石油に依存していた。武器などの一部も米国から輸入していたし、その資金も米国の金融業者を利用して調達していた。

鮎川義介→
<画像元:平成の松下村塾>

戦争時に完全に敵対してみせるのは政府の上層部だけである。裏では多くの場合何らかの接点は維持する。戦争に疲弊し講和交渉するにもそういうチャンネルが必要になるからだ。

そういう意味で日本と米国が互恵関係を結んだり、政治的に優位に立とうと画策するのは当たり前だ。ヒトラーと資産隠しを共有するのも褒められた話ではないが、当時は軍事同盟国であったのだから国家元首同士の経済活動としてあっても不思議ではない。

国のトップの蓄財は、それが不正蓄財の場合、その権威権力が失墜した時にこそ糾弾される。独裁者なら、独裁権力に抗う勢力が台頭した時に初めてその情報が暴かれる。でなければ敵対する外国や国内勢力がプロパガンダとして曝露されるのが普通である。今話題の渦中のパナマ文書同様、その暴露によって利を得る勢力が、失墜させたい相手の情報を晒すのが戦略的にも常道なのだ。
であるならば、上記の「天皇の犯罪の暴露者」の多くが、反体制的共産主義者や反日的自虐史観を推進する側の人間であることを考えると、全てを鵜呑みにすることの危険さが見えてくる。

天皇家の財布:森暢平(新潮新書)
天皇家が独自の収入源を持った結果、敗戦当時、三井、三菱、住友などの財閥資産は3〜5億円だったが、皇室はそれを大幅にしのぐ37億円の資産を有していた。連合国軍曹司令部(GHQ)は皇室を財閥の一種とみなし、経済基盤の解体を目指した。
皇室自立主義に対するGHQの厳しい見方は、その後の日本国憲法に反映された。同88条は「……すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない」と記す。天皇家の財産形成を厳しく制限し、皇室経済を国会の統制下に置いた。

同じ引用先にはこういう記述もある。

敗戦後の1946年3月現在、天皇家の財産は37億1563万円(財政税評価基準)だった。
(中略)
敗戦に伴い、天皇家は財産税33億4268万円を課税され、殆どは物納した。御料林は林野庁に、博物館は文部省に、学習院は財団法人(のちに学校法人)に移った。栃木県田母沢御用邸のように県に払い下げられたものもある。皇居などそのまま天皇家が使い続けるものも、国有財産へと移管された。天皇家の私有財産として残ったのは、金融資産1500万円のほか、美術品、宝石と身の回りの品だった。

なんと、皇居は借家なのだ。他の御用邸にしても国有であり、皇室専用ではあるが持ち家ではなかったのだ(^^;)

ちなみに上述の過去の貨幣価値を調べる(明治以降):リサーチ・ナビ(国立国会図書館)での換算によると、昭和25年時点の基準だと現在の約285億円相当らしいので一族の資産としては中々のものと言えるとは思うが、ロスチャイルドなどのユダヤ財閥に比べるべくもないレベルであるとも言える(^^;)

ただ、陰謀史観で考えると、天皇家の隠し資産・スイス銀行の偽名秘密口座とかがあっておかしくないということになろうが、これらは推測の域を出ず証拠は得られない。将来パナマ文書のようなものが公表され、天皇家の資産が暴かれる日があるかもしれないが、古代からの宝物(美術品など)で金額に換算できない財産を含めても、現在の天皇家の資産は部外者が思うほどは多くないと考えられるのである。

『詔勅』を連発する軍事利権の使い走り陸仁:全学共闘会議
天皇の財産 いかなる財閥も、さかだちしても追いつけない急激な膨張ぶりであった。
詔勅記事
動産・不動産からなる皇室財産は、明治維新以後に設定された。明治政府は皇室の経済的基礎を確立する必要に迫られ、1884年から90年にかけて莫大な皇室財産が蓄積された。つまり、政府所有の日本銀行、横浜正金銀行、日本郵船会社株の皇室財産への編入、佐渡、生野の両鉱山の皇室への移譲、350万町歩の山林原野の皇室財産編入などが行われた。

日清戦争で獲得した償金約3億円のうち2000万円が皇室会計に繰り入れられた。また皇室費は、日露戦争後、450万円に増額され、第二次世界大戦終戦時まで毎年支出された。

全共闘のページ(残骸?)を拾ったが、Tripodとはまた懐かしいサーバーを使っている(^^;)インデックスページから次に進むと目次ページがあるがそこにはこんな画像が。

藁のように
「君もまた覚えておけ、藁(わら)のようにではなく、ふるえながら死ぬのだ。1月はこんなにも寒いが、唯一の無関心で通過を企てる者を俺が許しておくものか」
※東京大学安田講堂内に記されていた落書き。東大安田講堂事件:wiki

破壊的で破滅的な意思が、実におどろおどろしい文字となって書かれている。これは檄文か詩か?と思ったら左翼過激派には有名な落書きだった(^^;)

彼ら(共産主義者)はこの国に何をもたらそうとしているのだろうか?明治維新とその政府が夢見た富国強兵。それは歪んだ夢だったかもしれないが、上記の檄文のような文章を奉じる彼ら共産主義者の夢は健全と言えるのだろうか?

支配者の階層は常に非支配階層の批判の対象になる。敵対する国家の標的にもされる。清廉潔白な支配者階級はこの世に存在はしないとも思うものの、そうであるなら、全ての国家の支配者は同様の不正蓄財の守銭奴ということになるし、庶民はそれらによって踊らされるタダの踊り子でしか無い。ブルジヨア(富裕層)の存在を否定した社会主義・共産主義でさえ、その支配者が権力を基に合法・非合法を問わず蓄財しているのは周知の事実なのだ。

だとすれば、庶民の側から行える評価の基準は、その国の国民にどれだけ親しまれ、尊敬され、尊重されているかということになる。現在確認されている(検証可能な)歴史的資料や証拠の上では、我が国の天皇家はその意味で世界的にも「問題の多い国家元首とはいえない」と私は思うのだ。

もし問題があるとすれば、それはそういう皇室を正しく評価しない国民の側にあるのではないだろうか。

<関連記事>
●第一期
帝国の功罪(1)【ていこくのこうざい(いち)】大日本帝国の成立と発展
帝国の功罪(2)【ていこくのこうざい(に)】明治維新初期の産業と貿易
帝国の功罪(3)【ていこくのこうざい(さん)】江戸〜明治時代の教育レベル
帝国の功罪(4)【ていこくのこうざい(よん)】国民病「脚気」と「結核」
帝国の功罪(5)【ていこくのこうざい(ご)】北海道の光と影〜先住民族アイヌ
帝国の功罪(6)【ていこくのこうざい(ろく)】北海道開拓使の時代
帝国の功罪(7)【ていこくのこうざい(なな)】沖縄県民の歴史と感情
帝国の功罪(8)【ていこくのこうざい(はち)】廃仏毀釈と士族の冷遇
帝国の功罪(9)【ていこくのこうざい(きゅう)】売春婦と人身売買
帝国の功罪(10)【ていこくのこうざい(じゅう)】職業売春婦と慰安婦
帝国の功罪(11)【ていこくのこうざい(じゅういち)】日本軍の慰安所と慰安婦

●第二期
帝国の功罪(12)【ていこくのこうざい(じゅうに)】明治維新以前のアジア情勢と日本の安全保障
帝国の功罪(13)【ていこくのこうざい(じゅうさん)】明治維新の黒幕たち
帝国の功罪(14)【ていこくのこうざい(じゅうよん)】明治新政府の統治能力と藩閥
帝国の功罪(15)【ていこくのこうざい(じゅうご)】大日本帝国憲法と帝国議会の構成
帝国の功罪(16)【ていこくのこうざい(じゅうろく)】大日本帝国憲法の本性
帝国の功罪(17)【ていこくのこうざい(じゅうなな)】「天皇」の冤罪
帝国の功罪(18)【ていこくのこうざい(じゅうはち)】日本軍の黎明
帝国の功罪(19)【ていこくのこうざい(じゅうきゅう)】日本海軍と軍内部の抗争

●第三期
帝国の功罪(20)【ていこくのこうざい(にじゅう)】明治時代に勃興した財閥と軍事産業
帝国の功罪(21)【ていこくのこうざい(にじゅういち)】侵略という思想
帝国の功罪(22)【ていこくのこうざい(にじゅうに)】自由民権運動の変節

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