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見掛け倒し【みかけだおし】

天皇陛下三代

ヘッダーの画像を天皇陛下三代の画像に変えて1ヶ月以上が経過した。いずれは変えるだろうしそう何度も使える画像ではないのでここ(本文中)に貼っておくことにする。

気がつけば「令和」はいつの間にか身の回りでも浸透している。5月に入って最初にあった事柄は何をやっても「令和初」であり、なにかの書類で今まで「H31」とか「平成31年」とか普通に書いていたものが「あ、令和だ」と慌てて「R1」とか「令和元年」とかに書き直す。
平成31年100円書き直しが利かない書類の場合「2019年」にしてしまうほうが多い(^^;)「1年」「元年」をどう使い分ければ良いのか迷うからだ(爆)
そんな小市民的葛藤を数回繰り返して6月に入ったとき、ふと私の財布のコインに目が行った。

昭和54年、昭和58年、平成5年、平成13年、平成23年、平成29年×2枚そして…

平成最後の100円玉が1枚だけあった。

結構レアなんじゃ?(^^;)まぁ、4ヶ月もあったわけだからそりゃ「昭和63年」(約1/2!)に比べれば全然多いだろうが(^^;)これから「令和元年」のコインが出てくるのだろうが気がつくのはいつだろう…

嫌なニュースは枚挙に暇がなく、人の心の闇は年齢に関係なく、元官僚の老人が母子を轢き殺し、中年男が19人を死傷し自殺、そんな事をやりかねないと思いつめた元官僚が長男を刺殺…と言う話題をここで述べるつもりはまったくない。

当事者でもないものが公的でもないものを訳知り顔で評論する厚顔を晒す気はないのだ。ワイドショーの無責任コメンテーターではないのである(^^;)
しかし生活や我々の未来に少なからず影響する政治や安全保障に関わる問題は黙っているつもりはない。

たまたまだがTwitterでトンデモな事を言う人に出くわした。

澤田愛子

ご老齢でもあるし澤田愛子氏はこのツイートや経歴を見てもいわゆるパヨク系の「反日ではないかもしれないがお花畑系の反戦・反原発・反安倍政権」と思われる人である。

澤田愛子:wiki
名古屋生まれ。看護専門学校を卒業し、看護師となったが、その後早稲田大学第一文学部人文専攻に進み、卒業。上智大学大学院哲学研究科博士前期課程および千葉大学大学院看護学研究科修士課程修了。三重県立看護短期大学助教授および北海道医療大学短期大学部助教授を経て、1994年から富山医科薬科大学医学部看護学科教授となる。日本死の臨床研究会世話人、日本医学哲学倫理学評議員、日本生命倫理学会評議員、ヨーロッパ医療哲学学会(ESPMH)会員を務めた。

上智大学大学院での専攻はシモーヌ・ヴェイユ。澤田のヴェイユ研究は『末期医療からみたいのち 死と希望の人間学』や公表論文で読むことができる。

批判するとブロックするとプロフで公言しているし、されなくても相手は一応名士である。シンパに絡まれるのも面倒だったので、これをRTした人に私はリプをつけた。

ツイート

擁護派がやはり絡んできたw 本人の垢だともっと過激なパヨク脳が絡んできたのあろうが山本太郎支持者ではなく意外なところにツッコミが入る(^^;)
WGIPが虚偽・デマの類と考える人がいると言うのもパヨク界隈なら珍しくないがTBSラジオのリンクまで付けて突っ込んできたのは笑った(^^;)さらに荻上チキとはあの「サンデーモーニング」御用達の言論人ではないか(爆)

実はWGIP否定論者には私はすでにtwitterでブロックされている(爆)

山崎雅弘と言う自称「戦史研究家」らしい人で以前モリカケ問題でバカなツイートに突っ込んで速攻ブロックされたのだ(爆)

山崎雅弘1
山崎雅弘2

wikiでは学習研究社専属でもあるかのような(^^;)かなりの著書を発表しているが、私は読んだことがない。子供の頃は学習研究社の「月刊 学研の科学と学習シリーズ(科学、学習で各1冊、毎号魅力的な付録がつく)」という書店を介さず学研の販売員が直接小学校近くの公民館や集会所に車で乗り付けて即売会をしていた。販売日にはお小遣いを持ってその車が来るのを心待ちに待ったものだ。

WGIPの効果を過大評価して日本人の知性を貶める一部の言説について:togetter

このWGIP否定論者にブロックされた直後、山崎雅弘氏を私のブロック対策用別垢で「普段どんな事をほざいている奴か見てみよう」(^^;)とROMしたことがあるし「togetterまとめ」でもそのテーマがまとめられていた。

ちゃんと歴史を学んだものなら山崎氏の論理の穴は簡単に見えてくる。

WGIPは確かに存在した。(彼も否定していない)しかし占領政策終了後も反戦教育が継続したのは日本人が自ら望んだことで敗戦と共に全体主義や大東亜戦争の誤りに気づいたからではないのか。

東南アジアや韓国など日本の大東亜共栄圏プロパガンダ(あるいは同化政策)が取られた地域では今はその影響は残っていない。日本だけが未だに洗脳から抜けていないのは「日本国民を愚劣低能と自己否定するのと変わらない。どちらが自虐史観か」

E貽逎▲献△任癲崙本が侵略した事実」は教科書に記載されておりこれは歴史的な事実である。それを否定したい勢力がWGIPに罪を着せて日本人を「かつてのような好戦的国家に復活させようと逆洗脳しようとしている」


あなたはこれに全てきちんと反論できるだろうか?

私の反論は下で述べるとしてこれを読まれた方は自分で考えてみてほしい。反論したいと思う人ならなおさらである。
そしてこちらもWGIP否定論者で外国語に堪能と思われる人webページ(今時珍しい)(^^;)

WGIP論の矛盾:(大名死亡web)
WGIP WGIP論者が「発見」したと称するGHQの内部文書らしきものの冒頭がウィキペディアに載っていたので読んでみた。

 その内容は、「日本人を骨抜きにするための恐ろしい陰謀」などではなく、極東軍事裁判(東京裁判)の内容を報道に載せるにあたってのGHQ指針に関する情報部のコメント、程度のものであって、“War Guilt Information Program” という表題は、「戦犯裁判広報計画」とでも訳すべきものであることがわかった。
 こんな書類をありがたく拝みながら振り回して、WGIP論者はいったい何がしたいのかさっぱりわからない。まるで、盗んだ系図の中身も知らずに、それを証拠に自分が武士だと威張っていた「七人の侍」の菊千代のようだ。


黒澤明監督もここで引き合いに出されては苦笑いものだろうが、この後文書の和訳が書かれている。これだけでは大したことはない。これはあくまで占領政策の政策方針(基準)メモのようなもので、占領政策全般がWGIPと呼ばれるものなのだから。「大名死亡(とwebの上位ページの何処かに自己紹介があった)」氏は他にも右派のブログなどそこそこ読み込んでおり、中には戦勝国による非占領国の分断工作に言及したものもある。WGIPとはまさにこの非占領国に対する分断工作の一種なのだがそこには気がついていないらしい(^^;)

また上記の山崎雅弘氏を批判している方も紹介しておこう。

山崎雅弘のデタラメ発言:井上靜 網誌

 歴史の研究家を自称する山崎雅弘という人は、いちおう進歩的な立ち場から発言をしているが、その中身はかなりひどいものだ。彼の著書を読んだら典型的な「司馬史観」だったという指摘があり、また、NHKを批判する内容はいちおうごもっともだが、それに比べてBBCはエライとか言うのでずっこけてしまう。
 しかし、デタラメを書いて特定人を中傷することは、単に意見の違いではすまされない。著書の内容を正反対にして紹介して誹謗しているのだ。 
 
 山崎雅弘は、ちいおう歴史修正主義を批判しているが、そうしながら朝日新聞に連載されて後に単行本となった本多勝一記者の『中国の旅』や『南京への道』などの著書について、中国側の話を鵜呑みしたような記述が多いので歴史修正主義者たちに突っ込まれているとツイートに書いていた。

作家さんらしく著書の紹介もされているが別に右派というわけではなく完全にリベラルでもなさそうだ。ただ、山崎雅弘批判においては他の批判者と同じに「中身の無さ・酷さ」を指摘している。

戦史/紛争史研究家の山崎雅弘さんによる自衛隊エンブレム批判とそれに対する反応:togetter

元ツイートが数箇所消えている(保守垢BANまつりの影響?)が、数箇所読んだだけで思わず吹き出した(爆)
おいおい素人に見事に突っ込まれる研究者って何?(^^;)

反・安倍政権の人や左翼御用達の山崎雅弘の評論の欠点:草庵亭

 反・安倍政権の人がやたらと持ち上げてる気がする山崎雅弘。
 いえ、人がどういうスタンスで意見を言っても良いと思います。
 ただ、この山崎雅弘は役立たず。
 完全に地雷です。
 この山崎雅弘をリツィートしたり引用したり持ち上げている人は、あまり頭がよくないと思います。

 山崎雅弘はこれでも「戦史」や「紛争史」の研究をしてる人なんですよ。 
 そして最近は、反・安倍な発言をツイッターに投稿しています。
 ただ、それが安倍政権憎しで作り上げたただの妄説にしか見えないのが多いんですよ。

 もう一度言いますが、この人は「戦史」や「紛争史」の研究をしてるプロなんですよ。
(中略)

 10や20の過失で人をここまで悪く言いたくはありません。人には改心の可能性がありますので。
 ただ山崎雅弘のツィートがあまりにも酷いのが多すぎて・・・。

 実は、山崎雅弘の本を何冊か持っていますがつまらないんですよ。

 その理由がわかりました。これじゃあ、ね。

 山崎雅弘は「戦史」や「紛争史」を書けるだけの能力がない、のでしょう。

 安倍政権に賛成しても反対してもかまいませんが反対の立場の人で、この山崎雅弘のツィートをリツィートしたり引用したりするのは止めた方がいいでしょう。

※改行位置は変更しています。

数冊読んだ読者の評価がこの体たらく(爆)リンク先では酷いとされるツイートがいくつか紹介されている。上のTogetterほどのインパクトはないが(^^;)ああ、着眼点の妙味があるだけで無理やりその意図に着地させるために不利な情報に目をつぶりその批判には無視またはブロックで応じる(私への対応はこれでした(^^;))ということがここでもわかる。
既存メディアや野党議員・反安倍派に共通の「論理展開の荒っぽさ、根拠の薄さ、対応の雑さ」が全て揃っている御仁のようである(爆)

私はWGIPは実在すると考える。実際の政策で「さあ今からWGIPをやりますよ」などというわかりやすいGHQ文書はたしかに無い(ある訳がない)(^^;)あの日本国憲法の原案も「マッカーサー・ノート」と言う個人的試案がベースになってその後体裁を整えられた。

“War Guilt Information Program” という表題は、「戦犯裁判広報計画」とでも訳すべきもの

それが判っているのに何故その精神が、GHQの占領政策に共通の基本理念だと考えられないのか?
言論統制(プレスコード)や日本国憲法やSF講和条約に至るまで、一貫して日本に植えつけられた「大日本帝国(戦前の日本)の全否定=極東軍事裁判の完全なる肯定」こそがWGIP政策ではないか!


1948年(昭和23)3月3日発信の“War Guilt Information Program”はその前の言論統制である「プレスコード:1945年(昭和20)9月19日発令」「極東国際軍事裁判:1946年(昭和21)5月3日〜」「教育改革:1945年(昭和20)9月19日文部省通達」と続いた流れの「まとめ」のような文書ではないのか?「かねてより発布している政策の基本理念はこういうことだから自分の解釈で勝手に変更しないように」と通達を出しただけのことだろう。

植え付けられた自虐史観〜GHQによって内側から破壊された日本教育:prideandhistory

 1945年9月20日−文部省が「教科書の戦時教育部分の削除」を通達。そして国民学校の生徒自身の手によって、教科書に墨が塗りたくられた。

 墨塗りが行われた教科書は主に、国語だった。地理、歴史、そして現在の道徳である修身の教科書は、墨塗りではなく、処分された、、、GHQの指令の下、「アメリカ教育使節団報告書」に基づいた大規模な学制改革が、戦後日本で、実施された。

 アメリカが占領政策で最も重要視したのは、「教育の改革」だった。1946年3月、27名の「アメリカ教育使節団」が東京に到着した。それはアメリカの有名な教授や宗教学者たちだった。

黒塗り教科書 しかし、、、彼らの中に、日本に関して教育制度はおろか、日本語にも、日本の歴史や文化にも、まともな知見を持っている者はいなかった。そして彼らはたった20日間ほど、しかも午前中だけの調査で、報告書を書き上げた。現在の日本の教育は、その報告書が土台になっている。

<画像元:PCIと64列MDCTの日々 Our daily Coronary intervention and 64-row MDCT 鹿屋ハートセンター 新井英和の日々の思い>

(中略)
 たった1点、国語の「ローマ字化」を除いて、全てアメリカの思惑通りに変えられた。歴史教育は、「太平洋戦争史」という米国史観に基づくよう、捻じ曲げられた。そして、左翼的な教育方針をとる日教組に教育を牛耳らせた。「愛国心」を「悪」だとレッテル貼りして、日本を嫌いになるような教育を、子どもたちに行った。日本は悪いことばかりしたと学校で教育され、「罪悪感」を植え付ける教育、「お前のお爺ちゃんは殺人者だ」というような教育が、平気で行われてきた。そして文部省、日教組を牛耳ることで、それら全てを日本人自らの手で改革したと錯覚させてきた。まさに日本の教育、精神を内側から破壊した。

ネット広告でおなじみのフーヴァー戦争・革命・平和研究所リサーチフェロー、西鋭夫氏の日本史講座(導入部):広告リンクの一部だが、ここだけでも読んでおく価値はある。日本に自虐史観を植え付けたアメリカに在住する日本人の国政政治・歴史研究家の「脱・自虐史観セミナー」などとは皮肉も良いところだが、それだけWGIPの「薬が効きすぎてる日本」に対する処方箋でもあろう(^^;)


ではここから上述の山崎雅弘氏のWGIP批判に対して、私の反論を書いていく。

WGIPは確かに存在した。(彼も否定していない)しかし占領政策終了後も反戦教育が継続したのは日本人が自ら望んだことで敗戦と共に全体主義や大東亜戦争の誤りに気づいたからではないのか。

まずGHQが行った言論統制によって自由な議論はできなくなった。中国で体制批判ができないように占領時代、日本に言論の自由はなかった。

昭和天皇とマッカーサー一番大きかったのは天皇陛下がその政策を受け入れ服従に徹したこともある。それは戦争責任から逃げなかったにもかかわらず処罰対象から外された天皇陛下ご自身の贖罪の意識かもしれないし、自分が戦争終結後に混乱を起こす原点になることを避けたこともあるだろう。(戦前から天皇陛下は政治には不介入が基本姿勢だった)
<画像元:wiki>

そして公職追放によって「全体主義」「国粋主義」「前体制を肯定していた日本社会の中枢部分」を粛清・排除した。占領政策終了後まず日本人が行ったのは「不名誉の名を冠せられた戦犯たちの名誉回復」であった。

日本国民がまず望んだことは「天皇陛下・皇室の安寧」と「英霊・英雄たちへの不当な貶めをやめさせること」ではなかったか。
それ以外は「国防の大義名分で命を捧げなくていい安心感」「GHQ以外の日本政府への批判は自由」と言う「偽りの自由の謳歌」を吹き込まれたことに実に無警戒に安直に受け入れてしまった事と無縁ではないだろう。

プレスコード:wiki

1.報道は絶対に真実に即すること
2.直接又は間接に公安を害するようなものを掲載してはならない
3.連合国に関し虚偽的又は破壊的批評を加えてはならない
4.連合国進駐軍に関し破壊的に批評したり、又は軍に対し不信又は憤激を招くような記事は一切掲載してはならない
5.連合軍軍隊の動向に関し、公式に発表解禁となるまでその事項を掲載し又は論議してはならない
6.報道記事は事実に即し、筆者の意見は一切加えてはならない
7.報道記事は宣伝目的の色を着けてはならない
8.宣伝の強化拡大のために報道記事中の些細な事項を強調してはならない
9.報道記事は関係事項や細目を省略する事で内容を歪曲してはならない
10.新聞の編輯に当り、何らかの宣伝方針を確立し若しくは発展させる為の目的で、記事を不当に軽く扱ってはならない

削除および発行禁止対象のカテゴリー(30項目)

1.SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
2.極東国際軍事裁判批判
3.GHQが日本国憲法を起草したことの言及と成立での役割の批判
4.検閲制度への言及
5.アメリカ合衆国への批判
6.ロシア(ソ連邦)への批判
7.英国への批判
8.朝鮮人への批判
9.中国への批判
10.その他の連合国への批判
11.連合国一般への批判(国を特定しなくとも)
12.満州における日本人取り扱いについての批判
13.連合国の戦前の政策に対する批判
14.第三次世界大戦への言及
15.冷戦に関する言及
16.戦争擁護の宣伝
17.神国日本の宣伝
18.軍国主義の宣伝
19.ナショナリズムの宣伝
20.大東亜共栄圏の宣伝
21.その他の宣伝
22.戦争犯罪人の正当化および擁護
23.占領軍兵士と日本女性との交渉
24.闇市の状況
25.占領軍軍隊に対する批判
26.飢餓の誇張
27.暴力と不穏の行動の煽動
28.虚偽の報道
29.GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及
30.解禁されていない報道の公表

日本は本当に開放されたのか?民主主義を植え付けられたのか?少なくとも占領時代は中国が国内でやってることと同じではないのか?

東南アジアや韓国など日本の大東亜共栄圏プロパガンダ(あるいは同化政策)が取られた地域では今はその影響は残っていない。日本だけが未だに洗脳から抜けていないのは「日本国民を愚劣低能と自己否定するのと変わらない。どちらが自虐史観か」

サンフランシスコ講和条約GHQは上述の「教育改革」(西鋭夫氏の書いた教育現場への介入)と「公職追放」(主要な政府要人・役人をアメリカ追従の人間のみに粛清)して政策の施行を徹底させた。
<画像元:wiki>
日本がサンフランシスコ講和条約で独立し主権を回復した後の1951年(昭和26)までの6年間で官僚機構は固まっていたし、1948年(昭和23)の朝鮮戦争で再軍備を拒否した地点でGHQは自分たちが与えた薬が劇薬であったことに気がついたのではなかったか?これは軍部を嫌っていた吉田茂首相の意向もあったにせよ「日本に戦争の罪悪感を植え付け、軍部を悪に見立て、ドイツのナチス否定のように日本軍を悪魔化した洗脳」が効いている証拠ではないのか?

そして何よりサンフランシスコ講和条約の連合国側の講和条件の一つが「極東軍事裁判の判決、日本に対する評価を受け入れる」事であったのは事実なのだ。

日本国との平和条約第11条の解釈:wiki
各国に承認された外務省訳(条約正文ではない)では第11条の"Japan accepts the judgments of the International Military Tribunal for the Far East and of other Allied War Crimes Courts both within and outside Japan"を「極東国際軍事裁判所並びに国内外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判の受諾」と訳した。

元の英文の解釈については翻訳上あるいは真意の部分で議論の余地があるとしても、日本は「東京裁判の結果に反論しない代わりに独立を承認」されたことに間違いはない。

洗脳が解けていようがいまいが「政府レベルで反論することは条約違反」「歴史修正主義」と言われるわけで、実直なサムライ気質の抜けていない当時の日本人にはこの不誠実の評価は悪の汚名を二重に着ることになりとても容認できなかっただろう。日本の早期独立(主権回復)のために「敢えて汚名を着た」わけである。日本人的浪花節とも言えるが「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」の終戦勅語をそのまま実行しただけの話だ。

平和憲法で規定された「日本の象徴たる天皇が被った汚名」を日本人全体で許容しようとした事がWGIPの最大の成果ではないのか?
それを「WGIP洗脳が抜けていないとするのは日本人を愚劣低能と自己否定するのと変わらない」としか思考できないというのは何と的外れなのか。間抜けなのか。事実誤認も甚だしい。これが戦史研究家の仕事なのか?!

E貽逎▲献△任癲崙本が侵略した事実」は教科書に記載されておりこれは歴史的な事実である。それを否定したい勢力がWGIPに罪を着せて日本人を「かつてのような好戦的国家に復活させようと逆洗脳しようとしている」

東南アジアの教科書に「日本が侵略した」と言う記述がある事自体は事実である。これは大東亜戦争を調べていくとどうしても突き当たる「ネトウヨ」(^^;)にはちょっとつらい真実である。ただし、その内容は自分が非占領国であった場合の心情から見れば理解できるものだ。

アジアの教科書に書かれた日本の戦争 ベトナム・ラオス・カンボジア:真実を知りたい-NO2〜林 俊嶺
 ベトナム・ラオス・カンボジアのインドシナ三国は、かつての「フランス領インドシナ連邦」である。アジア・太平洋戦争当時、日本は、「仏印」という略称を使った。その「仏印」に日本軍が「進駐」したのは、「北部仏印進駐」が1940年9月、「南部仏印進駐」が1941年7月で、真珠湾を奇襲した1941年12月以前である。しかしながら、この「進駐」は、宗主国フランスとの戦闘を伴うものではなく、共同支配のかたちにもちこむものであった。したがって、その戦争被害は見逃されがちのようであるが、ベトナムの教科書の「1945年初頭の数ヶ月間に、北部で、200万人以上のわが同胞が餓死した直接の原因となった」の記述に見られるように、その後の日本の戦争は、ベトナムでも深刻な被害を発生させていたことがわかる。

 ラオスの教科書には、日本の戦争による被害の記述は少なく、大雑把である。下記に抜粋したとおり、高等学校2年生用『歴史 2』には、「日本はこれら植民地の住民をだますために、大東亜共栄圏のスローガンをかかげて、それぞれの国に偽りの独立を与え、日本の目的や利益のために傀儡政権をつくりあげた」とあり、高等学校3年生用『歴史 3』に「日本支配下にあって、ラオス国民はきびしい労苦を強いられた。例えば戦略的道路建設を強制されたり、また武器運搬に従事させられたりした」とはあるが、それらの具体的な記述はない。しかしながら、それは、ベトナムやカンボジアのような、日本の戦争による被害が、ラオスにはなかった、ということではないであろう。

 また、カンボジアの歴史教科書は、”フランス=日本の二重支配のくびきのもとでのカンプチア”と題して(くびき=牛馬の頸の後ろにかける横木、 自由を束縛するもの)、食糧の強制供出や強制作付けの問題その他を、かなり詳しく取り上げている。そして、大戦末期には食糧不足に陥り餓死者が出た事実を「カンプチア人民の一部が死ぬこととなった」と記述している。

インドネシアにおける日本軍の占領(高2歴史教科書):インドネシア独立戦争に与した 残留日本兵の証言(独立後・教科書)

Djawa Baroe1オランダは、1942年3月8日、日本に無条件降伏した。日本軍のこうした急速な動きは、日本が短期間でオランダの植民地事情を習得したからである。

日本はインドネシアに「兄」としてやってきたと告げた。

その日本の存在は350年もの占領中に浸漬された、インドネシアの人々に、の新しい希望と楽観をもたらした。

写真は子供達が“兄”がきた、と歓迎している様子。(雑誌「Djawa Baroe」掲載)


(中略)
Djawa Baroe31、3A呼応とは、
右のポスターで示すとおり、日本はアジアの光であり ∨標罎任△雖◆▲蝓璽澄爾任△覘、の三つの呼びかけである。但し、呼びかけだけに留まり、インドネシア人民の心が掴めず、尻すぼみとなった。

2、PUTERAとは、
Pusat Tenaga Rakyat の略で、日本軍のために民衆の総力を結集しようというものであるが、この運動の結果、インドネシア側のリーダー達のナショナリズムが醸成され、最終的には反日運動に結びつくことになった。

3、PETAとは
郷土防衛自衛軍のことである。日本は太平洋戦争の利益を得るため、インドネシアの若者を郷土防衛を理由にして育てた。しかし、自衛軍が力をつけるにつけ、日本にとっては脅威であるようになった。したがって、1944年、日本軍は郷土防衛自衛軍を解体し、組織のリーダーシップを完全に日本軍が掌握する形の別の組織を作った。

5、抗日の気運起こる
人々は、いくつかの場所で日本軍に抵抗した。

1、1942年のアチェ:(西部スマトラ)
アブドゥル?ジャリルのリーダーシップの下で抗日の反乱があった。この反乱は一旦鎮圧されたが、2年後の1944年、再びテウク・ハミッドのリーダーシップの下、反乱が起きた。但しこれも日本軍によって鎮圧された。

2、1943年のコーラルアンペル:(西部ジャワ及びバンテン)
ハジマイル・マドリヤンと彼の友人が主導した反乱であった。

3、1943年のタシクマラヤ:(バンドゥン近辺)
ムスタファが率いる日本軍への抵抗は、日本に味方するものを殺すことであった。日本は彼のこの抵抗には徹底的に報復し、大量の殺人を犯した。

4、1945年2月14日のビルタル:(東部ジャワ)
スプリヤディ(ビルタルの摂政の息子)の下で蜂起された抵抗であった。当初は彼1人の抵抗であったが、そのうちに彼の友人である、イスマイルやムダリやスオンドゥが加勢した。 その頃の日本は太平洋戦争において敗北を重ねつつあった。 そうした情勢の中でのスプリヤディのこの勇気ある抗日は、日本を驚かすものであった。 日本軍は抵抗を指揮したスプリヤディを包囲した。が、スプリヤディは屈しなかった。 そのうち日本はスプリヤディの安全を保証すると共に彼の要求を認めることになった。 結果的にスプリヤディの抵抗は成功したが、彼の友人のイスマルのように死刑を宣告される者もあった。 ただ、日本軍も拷問により死亡する者があった。

これらの抗日運動は、インドネシアの日本占領を許さないというものであった。日本は西カリマンタンにおいて、インドネシア人の知識人の大規模な殺害を行った。この時は2000人以上が日本軍の犠牲になった。こうしたことを経て最終的には,1945年8月14日に日本が連合軍に降伏した。

※改行位置を変更しています。

なかなかつらいものがある。東南アジアで日本軍が進駐していったその当時では、日本軍は必ずしも「彼らにとっての正義」ではなかった。日本軍の戦争犯罪として唯一「強制された慰安婦」として戦後、日本兵が処刑されたスマラン慰安所事件が起こったのもインドネシアだった。

ただし、井上和彦氏の「日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争」では真逆の反応が書かれている。これはどういうことなのか。

日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争(井上和彦):Amazon

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■アジアは中国・韓国だけじゃない!
彼らの真実の言葉に涙が溢れるのはなぜだろう。インド、マレーシア、フィリピン、パラオ、台湾……日本軍は、私たちの祖先は、激戦の中で何を遺したか。金田一春彦氏が生前に感激して絶賛した「歴史認識」を辿る旅がついに完結。

■感謝! 賞賛! の声、声、声
日本人よ、自分の国を愛しなさい!

●ラダ・ビノード・パール極東国際軍事裁判判事
「同じ有色人種である日本が、北方の強大なる白人帝国主義ロシヤと戦ってついに勝利を得たという報道は、われわれの心をゆさぶった。(中略)私はインドの独立について思いをいたすようになった」
●S・S・ヤダヴ全インドINA事務局長
「インドの独立には国民軍の国への忠誠心が大きな影響を与えました。しかし我々国民軍を助けてくれたのは日本軍でした。インパールの戦争で6万の日本兵士が我々のために犠牲となってくれたのです。我々インド人は子々孫々までこの日本軍の献身的行為を決して忘れてはいけないし、感謝しなければならないのです」
●グルモハン・シン氏
「日本の兵隊さんは命を張って私たちを戦場から逃がし、戦ってくれました。いまこうして私たちが生きていられるのも、みんな日本の兵隊さんおかげだと思うと感謝の気持ちでいっぱいになります。一生この気持ちは忘れることはできません」
●モヘンドロ・シンハ村長
「日本の兵隊さんは飢えの中でも実に勇敢に戦いました。そしてこの村のあちこちで壮烈な戦死を遂げていきました。この勇ましい行動のすべては、みんなインド独立のための戦いだったのです」
●P・N・レキインド最高裁弁護士
「太陽の光がこの地上を照らすかぎり、月の光がこの大地を潤すかぎり、夜空に星が輝くかぎり、インド国民は日本国民への恩は決して忘れない」

日本による東南アジア解放を賛美する彼らは国家の中枢を占める政治家や法律家や軍人だったりする。西欧列強に蹂躙され、屈辱に煮えたぎっていた中で彼ら西欧人を同じアジア人が蹴散らしたのは痛快であったろう。しかし日本の目的は判っていて、あのまま日本の支配が続いていれば同じ様な反発が出てきてもおかしくはない。しかし日本は敗れた。日本の支配は終わりアジア人が自分の力で立ち上がるチャンスが訪れた。あろうことか現地に敗残していた日本軍兵士は独立運動に参加してくれた。なるほど目的は不純でも侵略者西欧列強に屈しない気持ちは同じだったと、彼らは気がついたのかもしれない。抗日暴動・武力衝突もあったインドネシアにしても今は親日国である。

実際に戦った相手となら日本は友好的になれる(^^;)韓国と中華人民共和国、北朝鮮は日本と直接交戦したことはない。そういう国だけが未だに日本への怨嗟を垂れ流していることを考えれば一方的なレッテル貼りほど危険なことはない。

日本人にしてもアメリカにはひどい目に合わされた記憶がある。東京大空襲、大阪大空襲、沖縄戦、広島・長崎への原爆投下。無差別爆撃による大量虐殺は歴史戦の舞台とされがちな「南京大虐殺30万人」や「慰安婦強制連行20万人」のような事実関係も怪しい盛りすぎた数ではなくリアルな痛みである。しかし日本はアメリカの占領政策で日本的なものを大量に破壊されたが、戦後は帝国時代の悪弊を切除し自由と食料と娯楽を与えてくれた。3S政策とも呼ばれるこれもまたWGIPから派生した愚民化政策。その結果、今や日米は軍事同盟すら結ぶ友好国である。(^^;)

WGIPの影響が皆無とは言い切れまい。つまり戦争当時の感情と歴史的評価とは異なってもおかしくないのだ。だから戦争中の日本人の心象が戦後に逆転したりすることはおかしくないのである。

嫌味なことを付け加えると、東南アジアに圧力を加えている中華人民共和国を日本に投影している可能性もある(^^;)甘い言葉でやってくる国はいつも侵略がつきまとうのは歴史の常だから。

「日本が侵略した事実」を否定したい勢力がWGIPに罪を着せて日本人を「かつてのような好戦的国家に復活させようと逆洗脳しようとしている」

日本は侵略したがその前にアジア全般を侵略してきたのはどこの国だったかこの方はご存じないのかもしれない(爆)日本は西欧列強に追いつき追い越せで西欧に侵略されない国と地域を作ろうとして日本式を押し付けて失敗した。その失敗につけ込んで「自虐史観」を植え付けて「日本人の自主独立の気概を封印」したものが、特定アジア国家の日本バッシングと軍事的圧力にようやく解けてきた。民族としてのアイデンティティの危機に失われかけていた民族意識が蘇ってきただけの話である。

確かに何でもかんでもWGIPにからめて「陰謀論」をもてはやすのは健全ではないしむしろ危険であろう。しかし山崎氏のように「日本は自ら平和主義に目覚めた崇高な民族として昔の暗黒面を切り捨てた」と思い込むこともまた危険ではなかろうか?

憲法フォーラムで名スピーチを披露したウクライナの留学生ナザレンコ・アンドリー氏もまたその様な精神的分断政策を指摘していた。
ナザレンコ・アンドリーそんなの被害妄想だと考え、隣国に侵略されることは非現実的だと考える方もいらっしゃるでしょうが、実はウクライナ人だって2014年まで皆そういう風に考えてきた訳なんです。しかし今、平和ボケしてた時期を振り返ってみると戦争が一切起こらないと考えさせることも、敵の戦術の1つだったと私はわかりました。

なお、上記のように過去の日本の軍事行動には厳しい記述の東南アジア諸国も安倍政権の防衛力拡大路線には警戒感どころかむしろ歓迎されている。

世界の反応
<画像元:【海外の反応】パンドラの憂鬱>

お馬鹿な論説が元ではあったが(^^;)思考パズルを解き明かすような面白さもあった。なるほど。山崎雅弘氏はひょっとしたら「稀代の天然ボケ担当戦史研究者」なのかもしれない(爆)確かに反面教師としては中々の論客ではある。ウーマン村本よりはお利口に聞こえる点では彼よりはマシだろう(^^;)

しかしまぁ、戦史研究家とかの肩書がここまで「見掛け倒し」な研究家を私は他に知らない。いや、マジで(^^;)

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